2006.10.28 Saturday 02:34
くっくり
>慰安婦たちは、通常、個室のある二階建ての大規模家屋に宿泊して、・・・・寝起きし、業を営んだ・・・・彼女たちの暮らしぶりは、ほかの場所と比べれば贅沢ともいえるほどであった。
>慰安婦は接客を断る権利を認められていた・・・・負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された[1,p275]
また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。
>支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴をわたしのために買った。母のためにもなにか買った。
>将校さんたちに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った・・・・ヤマダイチロウ(日本兵の恋人)と大邱の母の無事を祈って帰ってきた。[1,p276]
ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、2万6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷の大邱に小さな家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。[2,p301]
「従軍慰安婦」というと、海外では"military sexual slavery(軍用性奴隷)"などと呼ばれるように、日本軍によって郷里から強制連行され、戦地では何の自由もなく、もちろん無給で、ひたすら兵士にもてあそばれた、というイメージが定着している。しかし、この米軍の報告書では、まったく違う実態が報告されている。一体、どちらが真実に近いのか?
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