日土合作映画『海難1890』来月公開! 125周年を迎えたエルトゥールル号遭難事件

2015.11.21 Saturday 02:26
くっくり



image[151120-91shinbun.jpg]
映画「海難1890」ダイジェスト特別映像PART2より]

9月15日
エルトゥールル号が横浜を出港し、帰途に就く。
実は、エルトゥールル号の消耗ぶりを心配した日本側は、台風の時期をやり過ごすよう勧告していた。

image[151120-04map.jpg]
[地図クリックで拡大表示。紀伊半島の南端、樫野崎沖が遭難現場]

9月16日 21時
大型台風が直撃していた和歌山県串本本町大島の樫野崎沖で、エルトゥールル号遭難発生。
この付近は熊野灘と呼ばれ、海上に岩礁が突き出している難所だった。
エルトゥールル号は「船甲羅(ふなこうら)」と呼ばれる岩礁に乗り上げ、乗組員が激浪の海に投げ出された。

image[151120-05ganshou.JPG]
[画面奥中央の岩礁にエルトゥールル号が乗り上げ座礁した]

同日 22時
樫野崎灯台に10人の満身創痍の外国人が辿り着く。
技師の滝沢正浄が万国信号ブックでトルコ人であることを確認。
これより先、樫野崎区民の高野友吉は海上に爆発音を聞き、灯台に知らせようとして行く途中、血だらけの外国人に遭遇。
この外国人を助けて樫野崎に帰り、急を区民に告げて救助に入る。
早朝までに69人のトルコ人を救出、灯台官舎と大竜寺に収容し、60戸の区民挙げて負傷者の看護に挺身。

image[151120-06Kasinosaki.jpg]
[樫野崎灯台]

9月17日 10時半
樫野区長より大島村役場に事態の第一報が入る。
村長の沖周は直ちに郡役所と県庁に救援依頼の処置をとる。

image[100610-12sensui.jpg]


[7] << [9] >>
comments (9)
trackbacks (0)


<< 「テロリストと対話せよ」が攻撃される要因を作る!テロの背景に大国の甘えと油断! 青山繁晴「インサイト・コラム」
拉致に冷たい人は「保守」ではないと思う…大阪W選で改めて見えてきたこと >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]