「最近朝鮮事情」衆議院議員が見た20世紀初頭の朝鮮(2)終
2015.08.22 Saturday 02:25
くっくり
!function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0];if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src="//platform.twitter.com/widgets.js";fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document,"script","twitter-wjs");
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
閔妃は現在の韓国においては、史実に全く反する形で極端に美化されています。
実際の閔妃は、改革派(開明派)や舅である大院君の一派と対立し、権力闘争に明け暮れ、李氏朝鮮の改革を潰したという、韓国人から見てもおよそ尊敬に値しない人物です。
閔妃は一族の繁栄のため、両班(身分階級の最上位に位置していた貴族階級)の特権回復に勤しみ、対立する人々を追放あるいは処刑し、次々と一族の人間を要職に就けました。
また、息子を世継ぎとするために莫大な資金を国庫から費やし、何と国庫の6倍以上に相当する金額を金剛山の寺院に布施したという、とんでもない浪費家でもありました。
こんな女性ですから、もちろん朝鮮民衆の評判も悪かったのですが、それが今や韓国では国母としてもてはやされています。
何でそんなことになってしまったのでしょうか?
きっかけは、1995年に韓国で初演されたミュージカル「明成皇后」という舞台です。
比較的最近のことなのです。
image[150821-91musical.jpg]
さらに、このミュージカルに刺激を受けた韓国放送公社(KBS)が、2001年から02年にドラマ「明成皇后」を放映。
ドラマの担当プロデューサーは「(朝鮮の改革を潰し民衆を苦しめたという)従来の明成皇后(閔妃)のイメージは日本側によって作られたもので、そうした植民地史観から離れた明成皇后像を描き出すことが大きな狙いだった」と述べています。
以上のことは朝日新聞(魚拓)でも紹介されています。
ドラマ「明成皇后」は大ヒットしました。
[7] << [9] >>
comments (3)
trackbacks (0)
<< 靖国神社はどうあるべきか? 青山繁晴「インサイト・コラム」
ハワイにはあの戦争と日本への知られざる認識があった! DHCシアター「終戦の日と日本人」より >>
[0] [top]