2015.06.01 Monday 01:43
くっくり
日本の兵隊さんは飢えの中でも実に勇敢に戦いました。そしてこの村のあちこちで壮烈な戦死を遂げていきました。この勇ましい行動のすべては、みんなインド独立のための戦いだったのです。
私たちはいつまでもこの壮絶な記憶を若い世代に残していこうと思っています。そのためにここに兵隊さんへのお礼と供養のため慰霊塔を建て、独立インドのシンボルとしたのです。
(戦後、日本とともに英国と戦ったインド国民軍2万人が、戦勝国の英国によって軍事裁判にかけられ、大騒ぎになった時、主席弁護士を務めたバラバイ・デサイ博士は、無罪と即時釈放を主張するとともに、日本軍関係者についてこう語った)
インドはまもなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで30年も早まった。
インドだけではない。ビルマもインドネシアもベトナムも、東亜民族は皆同じである。インド国民はこれを心に深く刻み、日本の復興には惜しみない協力をしよう。
自分は今日インド独立の大望を達して、インドとして独立したけれど、自分が独立の志を固めたのは日本のおかげである。
自分はインドを独立させようと思ったけれど、アジア人はヨーロッパにはかなわないという観念が底にあった。
ところが、このアジアの小国日本が世界最大の陸軍国であり、強大なる軍事大国であるロシアと戦って、これをやっつけたのだ。
われわれの決意と努力によってわれわれの望みは達せられる、自分は何度も投獄されたけれど、その度にそういう決意を固めたのだ。
第2次世界大戦によって、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために偉大なる歴史を残したと言わざるを得ない。
その国々とは日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれた国々である。
[7] << [9] >>
comments (10)
trackbacks (0)
<< 安保法制でまず論議すべきこと 青山繁晴「ザ・ボイス」
拉致再調査最終期限は7月4日だが日本は苦しい状況 青山繁晴「インサイト・コラム」 >>
[0] [top]