2006.10.11 Wednesday 21:33
くっくり
日本のすぐ隣の独裁国家が、核実験をしたと発表した。詳細はまだよく分からない。はっきりしているのは、東アジアの、世界の緊張が一段と高まったということだ。
北朝鮮は自国の安全を守るための抑止力だと言っている。果たしてそれだけか。拉致などの国家犯罪やテロにさえ手を染め、国際ルールを踏みにじってきた国だ。さまざまな無理難題を通す脅しにも使おうという核ではないのか。
そのために国際社会から孤立し、国連に挑戦し、世界の平和と安定を脅かす。この暴挙を許すわけにはいかない。
日本は核の悲惨を肌で知る被爆国として、核のない世界を希求してきた。核実験に強く抗議するとともに、事態をこれ以上エスカレートさせず、核計画を放棄するよう北朝鮮に求める。
●無念というしかない
思えば、北朝鮮の核危機は90年代初めから続いてきた。国際社会は国際原子力機関(IAEA)などを使い、あるいは米国が乗り出して2国間協議を重ね、なんとか核武装の事態を回避しようと努力を重ねてきた。
十数年がかりの努力が水泡に帰してしまったのか。無念というよりない。
チャンスがまったくなかったわけではない。最初の危機ではカーター元米大統領が電撃訪朝し、米朝枠組み合意を生み出した。日本や韓国も軽水炉を北朝鮮に造るのに協力することになり、「核を持たせぬ交渉」は成功したかに見えた。
だが、北朝鮮がひそかにウラン濃縮を進めていた疑いが強まり、枠組み合意は崩壊する。今から見れば、この合意を土台にもっと現実的な対応ができなかったか、との思いは残る。
2度目のチャンスは昨秋、6者協議が共同声明をまとめた時だ。北朝鮮の核放棄と引き換えに、日米との国交正常化や経済支援を提示した。だが、話を具体化する前に作業は途絶えてしまった。
●核への強い執着
北朝鮮の問題はもとより、6者協議に参加した日本や米国、韓国、中国、ロシアの思惑がバラバラで、切迫感が十分ではなかったとも言えないか。とくに打開の鍵は米朝協議だったのに、この事態を招いたブッシュ政権の責任は重い。
なぜ北朝鮮は核武装に突き進んだのか。核を持たなかったイラクのフセイン政権の末路は、反面教師として映ったはずだ。経済建設をめぐる韓国との「体制競争」に敗れ、それでもなお体制を生き残らせるために選んだ道なのだろう。
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