皇居を前に手が震えたサウジの石油相
2014.12.23 Tuesday 02:00
くっくり
1974年、オイルショックに見舞われ、日本人がトイレットペーパーを求めて走り回った時のこと。
大産油国サウジアラビアのアハマド・ザキ・ヤマニ石油相が来日しました。
サウジアラビアの王族の一員で、甘いマスクの持ち主(川村氏による)だったそうです。
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彼はサウジアラビアの石油相であるばかりではなく、中東の産油国を代表する存在でした。
当時、社会部記者だった川村氏は、日本滞在中のヤマニ石油相に「密着」して記事を書くことを命ぜられていました。
日本で「石油の一滴は血の一滴」といわれた時期です。
日本の政治家も経済人も、ヤマニ石油相に土下座をせんばかりの卑屈な態度を取っていました。
川村氏はそれを、同じ日本人として腹立たしい思いで見ていたそうです。
そのヤマニ石油相が来日中、皇居を表敬訪問しました。
川村氏は朝早くから皇居に行き、石油相の到着を待っていました。
車から降り立った石油相は第一級礼装で、頭には金色の輪をはめた、民族衣装をまとっていました。
川村氏が見ると、皇居を前にした石油相は、手が小刻みに震えていました。
ヤマニ石油相は表敬訪問に際し、日本の天皇がどういうものか、一通りのレクチャーを受けていたはずです。
レクチャーの詳しい内容は分かりませんが、川村氏にはおおよその見当はつきました。
石油相は、日本の朝廷が自分たち王族よりはるかに長い歴史を持つことに、畏怖の念を持ったに違いになく、それが手の震えにつながったのだろうと。
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[1974年11月19日、皇居を訪れたフォード大統領/画像出典:毎日新聞]
1974年(偶然ですがヤマニ石油相の訪日と同じ年)、現職のアメリカ大統領として初めて日本を公式訪問し、昭和天皇と謁見しました。
この時、フォード大統領は緊張で足が震えたそうで、後日、このように述べています。
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