朝日の沖縄戦教材配布に曾野綾子さんが物申す

2014.11.15 Saturday 00:53
くっくり



 「死んではいけないよ。お前たちは生きられるだけ生き抜いてくだされ。私たちはお父さんの作ってくださったこの壕の中で、水入らずで死んでいけるんだからね」

 佐久川ツルは、武蔵野音大を出た東風平(こちんだ)恵位先生が、

 「君たちは何があっても絶対に死んではいかんよ。捕虜になっても生き残りなさい」

 と言っていた言葉を忘れなかった。軍人の平川見習士官も仲村渠(なかんだかり)郁子に言った。

 「郁ちゃんも絶対に死んではいかん。(中略)生きのびて友軍を探し出すのだ」

 (次週に続く)

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[上陸中のアメリカ軍(1945年4月13日)Wikipedia>沖縄戦より]

産経新聞2014年11月12日オピニオン面掲載
曽野綾子の【透明な歳月の光】
No.616 朝日の沖縄戦教材配布(下)
<善玉と悪玉に図式化する安直>
 
 先週に引き続いて、沖縄戦の悲惨な最後の頃にも、生徒を思い、自分も人間も失わなかった人々の姿を紹介したい。

 兵隊の中には、自分の身の安全をはかるために、住民が家族用に作った壕を選挙した人が少なからずいた。ただし切羽詰まった状況の中では、教師も生徒たちに同じようなことをしている。

 師範生の数人は、ある壕の入口で顔見知りの教師の姿を見た。その人は手に石を持ちながら、生徒たちに「あっちへ行け!ここはお前たちの来るところではない」と怒鳴った。この先生の名前は明かされているが、私は現存の家族のことを考えて、明記しなかった。

 戦火に追われる中で、女学生の島袋トミと我那覇(がなは)文子は岩陰にいた兵隊に途方にくれて言った。

 「兵隊さん、恐れ入りますが、いっしょに殺してください」

 するとこの兵隊は阿檀(あだん)の茂みの中から言った。

 「お前たちは死ぬことはない。何故国頭(くにがみ)へ行かんか」

 石垣節子は途中で下士官の襟章をきちんと付けた兵隊に出会った時、言った。

 「兵隊さん、もうここで死ななくてはダメですか」

 彼は立ち上がって娘たちのところへ来た。

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