慰安婦問題年表(1)1965-2015

2014.10.27 Monday 19:11
くっくり




<2011年>

5月
「太平洋戦争犠牲者遺族会」と梁順任代表が2010年に結成した「対日民間請求権訴訟団」が、ソウルの警察当局に摘発される。日本統治時代の“戦時動員被害者”に対し、日本政府などから補償金を受け取ってやるといって弁護士費用などの名目で約3万人の被害者から会費15億ウォン(約1億2千万円)をだまし取った詐欺容疑だった。関係者は実刑判決を受けたものの、梁順任は証拠不十分で2014年8月29日に無罪判決が確定。

8月30日
韓国の憲法裁判所が、「韓国政府が日本軍慰安婦被害者の賠償請求権に関し具体的解決のために努力していないことは違憲」と判決。

9月15日
韓国外交通商省の趙世暎東北アジア局長は、「慰安婦と被爆者の賠償請求権が請求権協定により消滅したのかどうかを話し合うため、日韓請求権・経済協力協定第3条により両国間協議を開催することを希望する」という口上書を日本側に提出。9月24日のニューヨークでの日韓外相会談、10月6日のソウルでの日韓外相会談でも同様の要求を行う。

12月8日
慰安婦は志願であったとネット上に書き込んだ韓国人が、韓国政府によって「情報通信網の利用促進及び情報保護などに関する法律違反」で検挙される。

12月14日
ソウルの日本大使館前に13歳の少女慰安婦と称する銅像を、挺対協が韓国当局の許可なく設置。日本政府は抗議したが、韓国政府は設置を黙認しており、現在も放置されている。

12月17日
北朝鮮の金正日総書記が死亡。挺対協が北朝鮮に弔電を送り、韓国内で大きな波紋を呼ぶ。慰安婦問題で活動しているという政治的な「盾」がなければ、国家保安法による処罰を逃れられなかっただろうと当時は言われた。

12月18日
訪日した李明博大統領が野田佳彦首相との会談で、「慰安婦問題について韓国の求める誠意を示さない限り、同年に駐韓日本大使館正面に建立された13歳の少女慰安婦と称する像の他にさらなる銅像の建立がなされる」と述べ、問題解決を強く求める。
野田は2014年、この時のことをこう振り返っている。「李大統領は時間の大半を費やしていわゆる従軍慰安婦問題の解決を求めてきました。私は、1965年の日韓請求権協定によって法的には完全に決着しているという立場を貫き、彼の要求に応じませんでした。この時の厳しいやり取りが、翌年8月の李大統領による竹島上陸という常軌を逸した行動の伏線となり、日韓関係の急速な悪化につながったと思います」(野田佳彦公式ブログ2014年8月18日

[7] << [9] >>
comments (5)
trackbacks (0)


<< 山口采希さんの歌は日本人の道標
「アンカー」特別調査でっちあげ疑惑&憲法改正せずとも自衛隊は北に行くぞと交渉に盛り込む秘策 >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]