産経新聞的ちょっといい話(読者投稿欄より)
2013.10.21 Monday 01:13
くっくり
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【先生からもらった白菜1玉】
2012.3.22
主婦 木村陽子(69)堺市美原区
小学校の頃、夕暮れになると、2、3人の友達と大好きな先生の帰りを待った。大きな荷台のついた古い自転車で先生は通勤していた。
私たちはてんでに先生に話しかけ、はしゃいだ。丸い太縁メガネ、厚い唇に大きな口の優しい先生。昭和25年ごろのことだ。
ある日、先生を待っていたのは私だけだった。すると、先生は自転車をとめ、荷台にくくりつけていた白菜を取り上げ、私に手渡した。そして「よく、ご父兄にもらうけん。今日は陽子ちゃんとこにあげる」と笑いながら言い、「じゃあ」と自転車で駆けていった。
当時、満州からの引き揚げ者である私たち家族7人は、ようやくまともな暮らしができるようになったばかりだった。
今、夫として私の横にいる人は、先生にそっくりな小学校の教員だった。
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【忘れられぬカンボジアの少年】
2012.10.19
主婦 勝田ひさ子(61)京都府久御山町
カンボジアのシアヌーク前国王の死去を知り、奨学金を受けて日本の高校に留学していたカンボジアの少年のことを思い出した。帰国前の3カ月間、わが家にホームステイしていた。
同国は、インテリ層の大半がポル・ポト政権下で虐殺されるという悲劇を経験した。彼は、虐殺された世代の孫の世代にあたる。
数学が得意な彼は、学校で数学辞典を借り、徹夜でノートに書き写した。「コピーすれば」と声をかけると、彼は「その費用がない」と笑い、私は不用意な言葉を心から恥じた。そして、車に乗ると、彼は「こんな道路や橋を、国にたくさんつくりたい」と食い入るように見つめていた。
日本でつらいこともあったようだが、「いつも平常心でいるって大事だね」と静かにほほ笑み、自国の悠久の歴史を誇らしく語ってくれた。
あれから4年。こんな若者がいる国を頼もしく思い、彼の幸せを心から祈っている。
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