週刊新潮「中韓を煽った朝日『靖国社説』変節60年」
2006.09.02 Saturday 02:12
くっくり
と書き、靖国問題をごく単純な「公人私人」の二元論で片付けている。
そんな路線が歴史的な大転換をするのはこの翌年、85年のことだった。
この年の夏、いよいよ公式参拝に踏み切ろうとした中曽根内閣に押して、朝日新聞はキャンペーンを展開したのだ。
<「公式参拝」には無理がある>
<「公式参拝」を強行するな>
と、立て続けに社説で論陣を張り、中曽根首相が参拝を行った8月15日の社説には、靖国参拝に反対する論拠の一つとして初めて、ある中国人の胸中を綴ったエッセイが紹介されている。曰く、
<「われわれと友好条約を結んだある国の首脳と閣僚たちは、毎年八月十五日に靖国神社に参拝する。その首脳は、靖国の戦死者たちが今日の平和と繁栄のためにぎせいになったと述べた。(中略)これに反論するのはたやすいが、われわれは友好を重んじて古いことを持ち出さないだけだ(後略)」>
【防衛予算倍増を要求】
朝日のキャンペーンに呼応するかのように、中国、韓国は次々と中曽根内閣への反発を表明。
外圧に負けて腰が砕けた中曽根首相は、これ以降、一切、靖国参拝をあきらめざるをえない状況に陥ったのである。
別の朝日関係者の話。
「この一件で、朝日も中国、韓国もすっかり味を占め、日本国内でなにか、朝日の気に入らない動きがあれば、中国にご注進して怒ってもらい、それを朝日が記事にして、問題を増幅させるという手法が確立しました。中国にとって朝日は対日圧力をかける道具、朝日にとつて中国はネタ元という相互関係が出来たのです」
実際、85年から90年まで、靖国と中国というキーワードが含まれる記事を検索すると、朝日は読売新聞の4倍以上、毎日新聞の6倍以上と明らかに突出している。
俗に自虐史観と呼ばれる歴史観の萌芽も同時期で、86年8月15日の社説は、
<「自分の過去の歴史に対する罪の意識があればこそ、その民族の歴史には魂が輝く」>
という駐日韓国大使の言葉を引いている。
こうして靖国間題へのスタンスを確立した朝日は以後、首相の靖国参拝には「私的参拝」であろうと、8月15日以外の参拝であろうと、区別なく激しい攻撃を浴びせる構えを見せ続け、96年の橋本龍太郎首相を例外として、小泉首相誕生まで、首相の靖国参拝を完全に封じ込めることに成功したのである。
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