週刊新潮「中韓を煽った朝日『靖国社説』変節60年」
2006.09.02 Saturday 02:12
くっくり
【「私的参拝」は問題なし】
今となっては想像も出来ないが、戦後30年間ほど、時の首相の靖国参拝は朝日新聞において、ニュース価値もない、ごくごく当たり前の出来事だったわけだ。
しかし、この状況に変化が生まれたのが75年8月15日。時の三木武夫首相が「私人の資格」で、初めて終戦記念日に参拝した日である。
朝日新聞はこの翌日、<首相の靖国参拝に思う> と題する社説を掲載。
これが首相の靖国参拝をテーマにした最初の社説である。むろん、その内容は現在のトーンとは比較にならないほど大人しいものだった。
<(首相が8月15日を選んだことに)賛否の声がこもごも聞かれる>
<野党のほか宗教団体などが、首相の靖国参拝に強く抗議しているのは、(中略)形こそ違っても「国家神道」の復活につながり、暗い時代が再現されることを警戒する趣旨でもある>
大砕で言えば、後の主張の雛形がおぼろげに読み取れるものの、問題にされたのは8月15日という日付のみ。
その証拠に翌年の10月、三木首相が秋季例大祭に合せて靖国参拝したことを伝える記事はたった5行で、終戦記念日以外なら、お咎めなしだったのである。
これ以後5年間、福田赳夫、大平正芳の各氏が順に総理に就任し、毎年、靖国に参拝。しかし、朝日新聞がこのことを社説で取り上げることは稀で、その内容も政教分離の原則にのっとって、公式参拝か、私的参拝かを問題にするだけの、形式的でのどかなものだったのである。
そこに変化が訪れたのは80年代。
80年、81年、82年と鈴木善幸首相が3年続けて8月15日の参拝を行い、徐々に公人か私人かの別を明らかにしなくなったため、<靖国参拝の姿勢を問う> といった社説が散見されるようになり、ようやく現在の朝日が振り回す「問題意識」の原型が芽生えてきたのだ。
とはいっても、あくまでも公式参拝に道を開こうとする自民党タカ派に異論を唱える程度で、それは、中曽根康弘政権になっても、初めは大きく変わることはなかった。
一例を挙げれば、終戦記念日を含め、就任1年で4回も参拝した中曽根首相に対して、
<中曽根首相の「初もうで」> という84年1月7日の社説は、
<もちろん、首相が一私人として神社を参拝することには、何ら問題はない。ところが、首相は記者団の質問に対して、例によって「内閣総理大臣たる中曽根康弘の参拝だ」と、ことさらに公、私の区別をあいまいにしようとしている>
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