週刊新潮「中韓を煽った朝日『靖国社説』変節60年」

2006.09.02 Saturday 02:12
くっくり


<15日は韓国にとって植民地支配から解放きれた記念日であり、中国にも歴史的な日である。そこに、彼らが「感情を傷つけないでほしい」と中止を望む靖国参拝をぶつけた>

 自分勝手な独裁者が、当然の気配りをせず、ナイーブな中国人や韓国人の心を深く傷つけたようなイメージか。また別の記事でも、

<5年間、6度におよぶ首相の靖国参拝で、虚脱感にさいなまれる中韓両政府>
<靖国参拝の正当性をとうとうと語ったが、理屈になっていない点がある>
<(思想の自由を持ち出した正当化は)逆立ちした強弁>
<意見を単純化して敵味方を区別し、異論を切り捨てる危うさ>
<日立つ場当たり的発言>

 と、政治家失格どころか、人間失格、人格破綻を宣告するかの勢いだったのだ。
 だが、強弁したり、意に沿わない事実を報じなかったり、時に場当たり的なのは朝日新聞も同じこと。

 苦笑いするのは、大阪大学の加地伸行名誉教授(中国思想史)だ。
 「例えば、朝日新聞は日本の防衛費には常に目を光らせていますが、中国のすさまじい軍事費増強にはほとんど口を開きません。朝日新聞が読者に多くの知識人を抱えるオピニオンリーダーであることは認めますが、実は、こっそり社説を曲げたり、場当たり的に変更したりすることが少なくないんです」
 今回、問題になった首相の靖国参拝問題も、そんな典型例の一つだという。

 朝日新聞OBの評論家、稲垣武氏によれば、
 「私が朝日新聞に入社した1960年ごろは、時の首相の靖国参拝を問題にするような空気は社内に全くありませんでした」

 この当時、内閣総理大臣が、国内外への配慮などの理由から靖国神社参拝そのものを控えていたわけではない。
 実は、45年8月の終戦直後から30年の間に、幣原喜重郎、吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄の各氏が、総理在任中にそれぞれ複数回、春や秋の例大祭の時期に靖国参拝を行っている。
 ところが、これらの参拝を問題視する社説はどこにも見当たらず、せいぜい、首相の動静欄などに、靖国神社という単語を発見するくらいである。

 稲垣氏が続ける。
 「まだ戦後間もない頃で、身内を戦争で亡くした方々の思いが生々しく残っている時代でした。仮に政治家の靖国参拝を問題だと思った記者がいたとしても、そんなことを書いたりしたら、すぐに不買運動が起きかねない状況でしたからね……」

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