02首相の靖国参拝反対派への反論(中)【暫定版】
2006.08.26 Saturday 04:19
くっくり
日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の諸判決を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。
つまり、東京裁判の被告が処刑されたり拘留されたことを後になって不当だとして連合国に損害賠償を求めるとか、そういった異議の申し立てはしないことを、日本は受け入れたということなのです。
そして11条の一番の目的は、すでに拘留している、あるいは服役している人たちを、日本が勝手に釈放してはならないということなのです。そうでない限り、講和条約を結んだら戦争裁判で決められた刑は未来に向かって、効力を失うというのが国際法の常識なので(「アムネスティ(大赦)条項」という国際法上の慣習があります。<5>-(2)-3で詳述)、そうさせないために11条が置かれたわけです。いわば連合国は国際法上の慣習よりも日本への報復の継続を優先したのです。
<5>-(2)-2 国民挙げての戦犯釈放運動
・講和条約発効時、日本側には「戦犯」の全員釈放を期待する思いがあり、釈放運動が活発化しました。が、当然ながら発効時には実現はせず、その時点でシベリアに抑留されていた者等を除いて、日本の国内外には1,244名を越える多数の戦犯が服役したままでした。
国の為に良かれと行動した『A級戦犯』『BC級戦犯』は被害者でもあるとする国民意識から、1952年(昭和27年)6月、日本弁護士連合会が「戦犯の赦免勧告に関する意見書」を政府に提出したほか、戦争受刑者釈放を求めた署名運動もはじまり、国民運動として大きな広がりをみせ、4,000万人という署名を得ました。
・日本政府は同年8月、『BC級戦犯』服役に関わる関係各国に赦免の勧告を行い、同年11月、日本での立太子礼を理由に『A級戦犯』を含めた全員の赦免勧告を行っています。
国会として勧告を支援するべく決議を行うといった動きも活発化し、戦勝国によって裁かれた裁判だとして、早くから東京裁判の否定と『A級戦犯』の名誉回復を掲げていた改進党(現自民党)や、被害者でもある『BC級戦犯』という国民意識を背景にその釈放を掲げた社会党などが連携し、共産党や労農党が反対の立場を示したものの、戦犯の釈放や赦免を求める決議案は何れも国会において圧倒的多数で可決されました。
[7] << [9] >>
comments (20)
trackbacks (1)
<< 01首相の靖国参拝反対派への反論(上)【暫定版】
03首相の靖国参拝反対派への反論(下)【暫定版】 >>
[0] [top]