02首相の靖国参拝反対派への反論(中)【暫定版】
2006.08.26 Saturday 04:19
くっくり
・どうしても指摘しておきたいことが2点あります。
1点は、昭和天皇のお言葉を紹介した他の文献と、富田メモの内容とでは辻褄が合わない箇所がいくつもあることです。具体的に言えば、富田メモから導き出されている「松岡、白取(白鳥)に限らずA級戦犯全員の合祀に昭和天皇は反対」という見方は到底とれないお言葉が書かれているのです。
・『昭和天皇独白録』によれば、『A級戦犯』の代名詞のように位置づけられた東条英機について、天皇はこう仰っています。
「元来東條と云ふ人物は、話せばよく判る、それが圧制家の様に評判が立つたのは、本人が余りに多くの職をかけ持ち、忙しすぎる為に、本人の気持が下に伝わらなかつたことゝ又憲兵を余りに使ひ過ぎた」「東條は一生懸命仕事をやるし、平素云つてゐることも思慮周密で中ゝ良い処があった。『マリアナ』防備も彼が参謀総長を兼ねてから後〈十九年二月〉、督促してやっと出来たが、時巳に晩かつた。あの時、非戦闘員の玉砕には極力反対してゐたが、世間では東條が玉砕させた様に、云つてゐる」「彼が大東亜各地を飛んで廻った事も〈十八年春から夏〉、彼自身の宣伝の様に云はれて評判が悪いが、これも私の許可を得てやった事である」
また、東条がサイパン陥落を機に辞表を提出したときのことも天皇はこう述べられました。「東條は平沼に云はれて辞表を提出した。袞龍(こんりょう)の袖に隠れるのはいけないと云つて立派に提出したのである」
・昭和天皇が如何なる形にせよ罪に問われるのを防ぐため、『A級戦犯』たちは一方的に裁かれる法廷で天皇を守るために各々の立場で闘いました。東条は当初、日本を犯罪国家として裁いたキーナン検事に、「日本国の臣民(自分)が陛下のご意思に反してかれこれすることはありえぬことであります」と答えました。しかし、この証言は天皇に対する不利な証言となります。そのことに気がついた彼は次の法廷で「(天皇は)私の進言、統帥部その他の責任者の進言によって、しぶしぶ(戦争に)ご同意になった」と述べて、証言を変えたのです。
天皇を庇う『A級戦犯』たちについて昭和天皇は「裁判にかけるといっても皆国のために一生懸命やった者許(ばか)り」と語り、だから「この際自分一人が犠牲になってすむものなら自分が責任をとりたいとお話しなされた」(『木戸幸一日記』第三巻)のです。
[7] << [9] >>
comments (20)
trackbacks (1)
<< 01首相の靖国参拝反対派への反論(上)【暫定版】
03首相の靖国参拝反対派への反論(下)【暫定版】 >>
[0] [top]