01首相の靖国参拝反対派への反論(上)【暫定版】

2006.08.26 Saturday 04:17
くっくり



・なぜ6年も経ってから『A級戦犯』を問題にするようになったのかについて、中国側の説明はありません。が、1985年の中曽根首相の「公式参拝」の少し前から、朝日新聞が反靖国キャンペーンを始めて、中国政府を煽る記事を書き続けたという事実があります(まさに朝日新聞お得意の「火のないところに火種を落とす」記事の実例)。
 ともかく参拝1日前の8月14日、中国政府は定例記者会見の場で、「公式参拝について中国側はどう論評するのか」との質問に答える形で、「東條英機ら戦犯が合祀されている靖国神社に参拝することは中日両国民を含むアジア各国人民の感情を傷つける」として公式に反対表明をするに至りました。その後、社会党の訪中団が北京を訪問、参拝批判で唱和してさらに反対が盛り上がりました。朝日新聞が具体的にどのように火種をまいたかについては、以下のリンクをご覧下さい。【8/29 17:10追記】

※参考リンク
拙エントリー1/17付:何度でも言う。靖国を外交問題にしたのは朝日新聞!
靖国問題に火を付けたのは報ステの加藤千洋だった!(チャンネル桜)

・その後の中曽根首相の対応にも大いに問題がありました。10月の例大祭にはそれまでほぼ毎年首相が参拝し、中曽根首相もその前年(1984年)には参拝していました。ところが中国が騒ぎ出すといとも簡単に屈して参拝を取りやめました。そして翌1986年の8月15日の参拝も取りやめてしまったのです。
 中曽根氏は2001(平成13)年、悪びれることもなくこのようなことを言っています。「あの頃、改革路線をすすめる胡耀邦さん(総書記)は、保守派の要人から非難され始めていた。胡耀邦さんと私とは非常に仲が良かった。兄弟分みたいな関係にあった。そこで私が参拝すると、胡耀邦総書記追い落としの原因をつくったようなことになるかもしれない。そういう暗示を受けたな。それで胡耀邦さんを守らなければいけないと思った。それもあってやめたんです」(『正論』01年9月号)。が、胡耀邦はその後半年足らずで失脚しました。【8/28 0:40追記】

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