01首相の靖国参拝反対派への反論(上)【暫定版】

2006.08.26 Saturday 04:17
くっくり


 朝鮮戦争は、中国側の解釈では、アメリカの侵略に対する反撃だったはずです。その侵略の手先が眠る墓になぜ江沢民は献花することができたのでしょうか?

・アーリントン墓地にはもちろんアメリカ歴代大統領も行きます。行き続けています。中国人民は「日本の首相は靖国に行くな!」と言うのなら、「アメリカ大統領はアーリントンに行くな!」とも言うべきでしょう。こうなると、所詮、中国政府の言う「人民の感情」などというものは、中国政府の政治的都合によって創作され、操作されるものに過ぎないと言わざるをえません。

・中国政府の創作、操作の具体例。再び相林氏の発言。
 「実は日本に来るまで、靖国神社は『戦後、A級戦犯を祀る目的で作られた軍国主義賛美の施設だ』と教えられてきました。ところが、実際に来てみると、明治維新で亡くなられた方をはじめとする国のための戦没者を祀っていることを知り、驚きました。私たち中国民主化運動に携わる者にとって、明治維新とは中国革命のモデルであり、維新の志士たちは尊敬の対象です。中国人からみれば、日露戦争はロシアの侵略から中国を守る戦いでした。ですから、私たちが尊敬する人々、そして中国を救ってくれた恩人が祀られているところ、それが靖国神社だとわかったのです。そこで、日本に来る中国民主化運動の同志たちを、私はたびたび靖国神社に連れてきます。そして、靖国神社は私たち民主化運動の恩人たちが祀られているところだと説明すると、みなびっくりして、丁重にお参りします」。

<2>-(3) 空白の6年間〜火種をまいた朝日新聞

・1979(昭和54)年4月、靖国神社に『A級戦犯』が合祀されたことが大きく報道されました。85(昭和60)年8月の中曽根康弘首相の公式参拝までの6年間に、大平正芳首相は3回、鈴木善幸首相は8回、中曽根首相は9回、参拝を行っていますが、中国政府がこれらを問題にしたという報道は全くありません(ちなみに大平正芳首相は、報道の2日後の春期例大祭に参拝しています)。
 問題にされるどころか、79年12月の大平首相訪中では、華国鋒首相、トウショウヘイ副首相などから熱烈歓迎を受けました(華国鋒首相が出迎えて歓迎式をしました。その後沿道で「歓迎」の横断幕の中を華首相が同乗して迎賓館釣魚台へ向かいました。これだけでも歓迎ぶりがわかります)。

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