2006.08.17 Thursday 01:39
くっくり
静かなうちにお参りをすませようと、きのうの朝は早めに靖国神社に向かったのに、あてがはずれた。カメラの放列と上空を旋回するヘリコプターの轟音(ごうおん)に、英霊たちも肝をつぶしたことだろう。
▼テレビ各局のワイドショーは、小泉純一郎首相の参拝の話題でもちきりだった。「8・15参拝決行か」「空前の完全多角中継“緊迫の瞬間”を激撮」等々。タイトルもすごいが、女子アナのリポートにものけぞった。「参拝は6年連続6度目です」だと。高校野球の連続出場じゃあるまいに。
▼「いつ行っても争点、騒ぎ、国際問題にして混乱させようとする勢力がある」。こういう小泉首相には、同情を禁じ得ないが、だったら最初から「8月15日だけはやめてくれ」などという意見に従う必要はなかったのだ。もともと終戦記念日といっても、61年前のこの日は、国際法上は意味があるわけではない。玉音放送を拝聴した国民の共通体験とお盆が結びついた、いわば日本人の心の記念日である。
▼そういう日に時の政治指導者が、国のために殉じた人々の慰霊を行うのは、きわめて当然のことだ。「尊い命を犠牲にされた方々の上に今の日本がある」という言葉は心にしみる。自民党総裁選の「公約」を果たしたということより、はるかに重要である。
▼案の定、中韓両国は激しい非難声明を出してきたが、いちいち反応するには及ぶまい。ただ小紙「正論」執筆者の長谷川三千子埼玉大教授が雑誌論文「思考の練習帳」(「Voice」9月号)で、指摘する心得だけは心にとどめたい。
▼他国が、自国の好戦的な戦没者慰霊施設のことは棚に上げて、日本の靖国神社にケチをつけることは、「別の手段をもつてする戦争」のひとつなのだ、と。
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