8/15付各紙社説紹介

2006.08.15 Tuesday 22:15
くっくり


 靖国参拝にしても、教科書問題にしても、それが根っこにあって中韓から批判を浴び、日本が反発し、双方が非難を増幅しあう連鎖に陥ってしまう。

●参拝が火をつけた
 その意味では、小泉首相の発するメッセージは混乱したものだ。
 ちょうど1年前のきょう、首相は戦後60年の節目に談話を発表した。「植民地支配と侵略によりアジアの人々に多大の損害と苦痛を与えた」「痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明する」
 東条英機元首相らA級戦犯について、首相は「戦争犯罪人である」と明言し、東京裁判を受諾したという政府の見解を変えるつもりもない。
 ここに見える首相の歴史認識は、中国や韓国が求めるものとほとんど食い違いはないと言っていいだろう。
 なのに、首相はそうした認識と靖国参拝は矛盾しないと言い張っている。そのうえ参拝の是非を、中国や韓国の要求に屈するかどうかの問題であると単純化してしまった。「他国が干渉すべきではない」と、内向きの姿勢もあらわにして参拝を正当化するのだ。
 こうした首相の言動が、人々の間にある中韓への反発感情に火をつけ、さらには敗戦で傷ついた民族のプライドを回復させたいという復古的な感情にも格好のはけ口を与えた。
 小泉政治の特色の一つは「分かりやすさ」にある。敵味方を峻別(しゅんべつ)し、二者択一を迫る。国内問題では確かに成果を上げたけれど、外国を相手にして思慮ある手法だとはいえない。外に敵を見つけ、国民の感情をあおるのは危険である。
 グローバル化する世界にあって、東アジアは相互依存を急速に深めている。中国は日本の貿易相手国として米国を抜き1位に躍り出た。両国にとって、共存共栄の道を探るしかないのは、冷静に考えれば分かることだ。韓国にしてもしかりである。

●政治家の重い責任
 互いに内向きの論理を振りかざして、反発心をあおる時ではないはずだ。非難の応酬で関係が冷え込む悪循環からどう脱却するかは、日中韓3カ国の政治指導者に共通する課題だろう。
 日本にとっては、靖国問題をどう乗り越えるかが問われている。この論争の根底にあるのは、過去の戦争をどうとらえるかという歴史観であり、ナショナリズムの問題でもある。
 ポスト小泉の政治家に求められるのは、それぞれの歴史観を明確に語り、それを戦没者の追悼や外交のあり方につなげる形で具体的に示すことだ。

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