外国人から見た日本と日本人(34)

2012.06.19 Tuesday 00:46
くっくり


■金完燮(キム・ワンソプ)=韓国人。1963年(昭和38年)、全羅南道光州生まれ。サレジオ高卒。高校時代の1980年(昭和55年)に起きた光州民主化運動に参加して全羅道庁に籠城、逮捕・投獄され、のちに「国会偉功者」として表彰される。ソウル大学物理学部を経て雑誌記者を経験。1992年(平成4年)よりフリーランサー。1995年に出版した「娼婦論」がベストセラーとなる。1996年より約2年間、オーストラリアに居住。帰国後、「コスタク新聞」を創刊。2002年(平成14年)に「親日派のための弁明」を発表するが、韓国では有害図書指定を受け、さまざまな妨害を受けた。
「親日派のための弁明2」より

 証拠の有無から離れて常識的に類推してみると、日本軍による慰安婦強制連行などお話にもならない。なぜならば、軍隊が多くの予算をかけて特種慰安所を設置し、軍人は高い料金を払ってここを利用したということ自体、外部に被害を与えないようにする意図があったからである。女たちを強制的に連れてきて性奴隷とする軍隊ならば、現地で拉致すればよいのであって、遠い朝鮮や台湾まで行って連行する理由はなかっただろう。そして、強制的に連れてきた女たちならば料金を払う必要もなかっただろう。

 日本軍は1894年の日清戦争と1899年の義和団事件による北京出兵などで、「民衆に被害を与えない歴史上初の軍隊」として世界各国の賞賛を受けている。50年経過後には以前にもまして秩序整然たる高水準のこうした軍隊が、昔でさえしなかった蛮行をしでかしたという話は信じがたい。よって、「挺身隊」と「従軍慰安婦」は存在したと考えられるが、「日本軍性奴隷」など存在しなかったことは明らかである。

※正確には「従軍慰安婦」という言葉自体、後世の造語で間違いなんですけれども。

■モハメッド・ナチール=インドネシア人。大東亜戦争時にバンドン市教育部長。1950年(昭和25年)に首相に就任。
阿羅健一著「ジャカルタ夜明け前−インドネシア独立に賭けた人たち」より
日本軍政時にプリアンガン州の内政部長となりインドネシアの初代閣僚となる人々を教育した姉歯準平について、ナチールはこう語った

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