外国人から見た日本と日本人(34)

2012.06.19 Tuesday 00:46
くっくり


「朝日の中の黒鳥」より
1923年(大正12年)に発生した関東大震災を経験した際、市民の落ち着きぶりや冷静さを評して

 地震の日の夜、私が東京と横浜の間を長時間歩いているとき、あるいは生存者たちが群れ集まった巨大な野営地で過ごした数日間、私は不平一つ聞かなかった。

〈中略〉廃墟の下に埋もれた犠牲者たちの声も「助けてくれ!こっちだ」というような差し迫った叫び声ではなかった。「お願いします」という慎ましい懇願の声だった。

■ラルフ・タウンゼント=アメリカ人。1900年(明治33年)生まれ。コロンビア大学卒業後、新聞記者、母校の英文科教師を経て米国務省に。1931年(昭和8年)に上海副領事に。ここで満州事変に伴う第1次上海事変に遭遇。その後福建省福州副領事。1933年に外交官を辞し、帰国後はスタンフォード大学講師のかたわら、極東問題の講演・言論活動・出版に専念。1937年には来日している。「アメリカは極東に手を出さず、日本に任せよ」という持論はアメリカの極東政策への厳しい批判となり、真珠湾攻撃後には反米活動をした罪で1年間投獄された。
「暗黒大陸中国の真実」(1933年出版)より

 中国人はイタリア人と同じくおしゃべり好き。サンパン(小舟)だろうがどこだろうが大声で、うるさくて生きた心地がしない。少しでも英語ができると、舟だろうと汽車だろうと道端だろうと、近寄って話しかけてくる。こういうことは日本では起こらない。日本人は実に物静かである。下層階級はじっと見ているだけである。礼儀正しい上流階級はこれさえしない。ましてやあれこれ話しかけることは失礼になる。

 短い旅行でも違いがわかる。他人に対する態度が大きく違う。儲け話となると腰が低くなるのが中国人。日本は違う。自然に腰が低くなり、礼をもって接すること自体に喜びを見出している。例えば、通りを歩いていて、何かを落としたら誰かがサッと拾ってくれる。中国には、スラム街よりひどく、鵜の目鷹の目の連中が多い。例えば、人力車同士がぶつかったとする。両方の車夫が「何やってんだ、この野郎」と怒鳴りあいになる。日本人はどうするか。アメリカ人の手本になるよう行動を示してくれるのである。


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