「文藝春秋」富田メモ

2006.08.11 Friday 02:16
くっくり


 靖国に参拝してもしなくても、結局は文句言われるってことですわ。
 それにしても「軍国主義思想で頭が一杯の連中はなお存在している」って、そりゃあんたたちでしょ!(-.-#)

※参考資料〜「過去ぼやき」05年5/25付より引用
【抗日戦争における中国側被害者数の変遷】
 
1945年  死者130万人(国民党発表)*1
1945年  死者130万人(GHQ発表)
1950年代 死者1000万人(共産党が政権を奪取した年代)
1960年  死者1000万人(中国政府発表)
1970年  死者1800万人(中国政府発表)
1985年  死者2100万人(中国政府発表)
1995年  死者3500万人(抗日戦争記念館による)
1998年  死傷者3500万人(江沢民来日時のコメントによる)*2

*1 蒋介石が終戦時発表した抗日戦の中国側死傷者数は438万人。
終戦当時の公式文書「対日戦争勝利の成果」には「中国側戦死者1,319,958人、戦傷者1,761,335人(総計3,081,293人)」とある。
*2 1998年、江沢民が早稲田大学で講演した中で「軍民3500万人が死傷、6000億ドル以上の経済的損失」と述べた。「死傷者3500万人」は現在の中国の教科書に載っている数字でもある。


■『報ステ』広田弘毅の孫インタビュー

 いわゆるA級戦犯として処刑された広田弘毅の孫、広田弘太郎氏のインタビュー。
 代々「喋るな」という家訓があるためこれまで喋れなかったそうで、今回は顔を隠して音声のみ。

 「合祀を聞いた時はびっくりした。そんなはずはない、間違えて祀ったと」
 「確信犯でやったんでしょうね。勝手に祀られたというか」
 「不快感とまで言っていいのかどうか。喜んではいない。できれば取り消してほしい」
 「家族としては英霊として祀られることを希望しません。特に靖国神社に。靖国神社とはお国のために戦死した兵隊とか軍人を祀るためにできた神社であって、軍人でもなければ戦死者でもない広田弘毅が祀られる資格さえない」
 「希望したこともお願いしたこともないし、神社側から同意を求めることもなかった」
 「もともと合祀を認めてないからこちらから分祀しろとはいわないが、合祀したのは靖国神社の意志ですから、靖国神社がそれを取り消して、広田は祀らないことにしましたと言っていただければすっきりする」

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