部落解放同盟「解放運動」の犠牲者…人権救済機関設置法案20日閣議決定?
2012.04.07 Saturday 03:17
くっくり
さて、今日はやや視点を変えて、人権救済機関設置法案の是非を考える上で参考になりそうな資料をひとつ紹介します。
部落解放同盟に関するものです。
部落解放同盟が民主党の主な支持団体の一つであることは、皆様もよくご存知でしょう。
元環境大臣の松本龍氏が、部落解放同盟の副委員長をかつて務めていたことは有名な話です。
今回参考にさせていただいたのはこちらの本。
image[120406douwariken.jpg]
『同和利権の真相1』
寺園敦史+一ノ宮美成+グループK21 編著
宝島社文庫(2003年9月8日発行)
発行日はやや古いですが、同和利権の実態、部落解放同盟の人権暴力など、あまり報道されてこなかった(今もされていない)事例が生々しくレポートされています。
人気シリーズで続編も複数出版されています。
部落解放同盟が一方的に「差別」と断定して行う糾弾闘争の激しさは有名です。
あの筑紫哲也氏も、自らの番組内で「屠殺場」と発言したことに対して、解放同盟から執拗に糾弾されました。
1989年11月から90年8月まで毎月1回、計9回の「確認糾弾会」が行われ、つるし上げられたのです。
解放同盟側は「部落差別によって命を奪われた人はあっても、差別糾弾によって死んだ人は一人もいない」(解放同盟所属の『みなみあめん坊』氏)と言っているようですが、現実には解放同盟の糾弾や猛烈な抗議に耐えきれず、自ら命を絶ってしまった人も少なくありません。
特に広島県内では、解放同盟広島県連やその威光を後ろ盾とする同盟派教員らの圧力に耐えかねて、死に追いやられた教員が大勢います。
【犠牲者1】1970年5月1日、府中高校教諭、ナイフで手首を切り自殺(36歳、同和主任)。
【犠牲者2】1974年9月、芦品郡新市町常金丸小学校同和主担者、会議の直後心臓麻痺で死亡(多忙を極めていた)。解同支部長「すまんことをした」とわびる。
【犠牲者3】1976年4月28日、新市町常金丸小学校同和主担者、遺書を残して失踪。
【犠牲者4】1976年4月、庄原市川上小学校長自殺未遂(「差別事件」で介入を続けられていた)。
【犠牲者5】1976年5月16日、府中東高校同和教育推進教員(25歳)、山中で首つり自殺。
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