語り継ぎたい3・11体験談、そして被災地へのエール

2012.03.20 Tuesday 01:57
くっくり



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[福島第一原発で活動するハイパーレスキュー隊]

【母から息子への手紙】

 福島市、菊地孝子さん(68)

 お母さん、行って来るからとの一方を受けた時は真っ白になった。あまりにも唐突で、気持ちの整理もままならぬ中、頑張ってきなさいと言うしかなかった。本当は放射能の中への突入なんてあり得ない、やめてって叫びそうだった。東京消防庁への道を選んだ時、反対しとけばよかったとさえ思った。これって、お母さんのエゴなのでしょうか。

 テレビにくぎ付けの一日の何と長いこと。無事であることを祈るばかり。そう言えば謙はどら焼きが好きだった。忙しくてしっかり抱っこもしてやれなかったなどなぜか遠い昔のたわいもないことがどんどん駆け抜けていった。

 「ミッション達成」のメールが届いた時は涙が出てしまった。20ミリシーベルトの放射能を浴び、決死の覚悟で任務に挑んできた一員として、自信にあふれたあなたの姿こそ、お母さんの誇り。お疲れさまでした。

 (追伸)浴びるほど飲ませっつお、待ってろ。ってお父さん言ってた。

※これのみ引用元は産経ではなく【日本人の底力 東日本大震災1年の全記録(産経新聞社)】です。
※孝子さんの長男で、東京消防庁の消防隊員の謙さんは、ハイパーレスキュー隊員として、福島第一原発3号機の原子炉冷却の任務に向かいました。到着したのは3月18日午後11時頃。謙さんは中隊長として、隊員の被曝管理と安全管理を担当しました。長時間、車外に出ての活動で、放射線量測定器は鳴り続けていました。作業が終わったのは翌19日午前4時。午前4時半頃、孝子さんのもとに謙さんから「ミッション達成」とメールが届きました。孝子さんが謙さんに宛てたこの手紙は、福島県猪苗代町の「母から子への手紙コンテスト」で大賞に選ばれました。


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