語り継ぎたい3・11体験談、そして被災地へのエール

2012.03.20 Tuesday 01:57
くっくり



拝啓 遠藤未希様

 突然のお便りに驚かれたことと存じます。親子ほど歳が離れた面識もない若い女性にいきなり手紙を出す失礼をお許し下さい。

 あなたが津波に呑まれて間もなく1年となります。記事に接するたび切ない気持が胸にこみ上げてきます。目頭が熱くなり嗚咽をこらえられなくなることもあります。

 どこにでもいる今時の女性があの場面で取られた英雄的行動に敬意を払います。迫りくる津波を背にさぞ怖かったでしょう。

 こんな元陸軍の兵隊さんの話があります。

 「戦争に行く前は自己中心的でわがままな人間でな、死ぬのだって絶対に嫌だった。…でも実際に戦地で敵の弾が飛んでくると、まるで自分の背後に両親や多くの日本人がいるような感覚になった。自分がこの弾を体で受け止めて家族達の命が救われるならば、死んでもいい、代わりに死ねて嬉しいとさえ思ったんだよ」

 未希さんが防災庁舎から懸命に避難を呼びかけている時の心境はきっとこの兵隊さん達と同じだったんだろうなと想像しています。

 私が同じ立場に置かれたときに同じように我が身を犠牲にしてでも隣人、社会そして国家に尽くせるかどうか自信はありませんが、心構えだけでもそうありたいと考えています。

 お父様、お母様、そしてご主人も未希さんに先立たれて悲しまないはずはありませんが、きっと誇りに思ってくれています。そして地元の方々も。あなたのことは永遠に語り継がれることでしょう。

 今回の震災で公のために命を捧げられた方々のために神社ができてもおかしくないですよね。殉職された方は多数おられますが、未希さんがやはりシンボル的存在です。「未希神社」なんてどうでしょうか。未来への希望を願う神社です。神社に未希さんのお名前を付けても、一緒に亡くなった消防団の方も警察官の方も誰も「不公平だ」なんてつまらない文句をおっしゃりませんよ。

 近いうちに南三陸町の防災庁舎跡地を訪れたいと願っています。そして、いつか「未希神社」で未希さんの魂と会話ができればと願っています。

 最後になりますが、我が国の行く末をお守り頂くよう、既に神となられた未希さんにあらためてお願いして筆を置きます。

 敬具

 産経新聞2012年3月12日「私の3・11」第2章(ネットにソースなし)


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