語り継ぎたい3・11体験談、そして被災地へのエール

2012.03.20 Tuesday 01:57
くっくり


「寒さに身を屈めながら瓦礫の山と向き合っていて地域の人々が、列車の音に気がつくと顔を上げて右に左に手を振る光景があった。三鉄(さんてつ)は、悲しみを抱えて明日さえも見えなかった人々にとって、あの惨劇から日常の戻る証しだったんです」(「SAPIO」2012/4/4号より三陸鉄道社長・望月正彦氏の言葉)]

【思いは東北へ飛んでいった】

 大阪府藤井寺市、草村克彦さん(55)

 あの日、私は奈良県におひなさまを見に行っていました。帰宅すると信じられない光景がテレビで流れていました。

 原子力関係の仕事に長く携わったため東北に多くの友人や知人がいました。「一番困っているところに、たとえわずかでも確実に届く募金にしたい」と知人に訴え、4月29日に奈良県五條市の民俗資料館でのチャリティーライブ開催にこぎ着けました。

 募金先は三陸鉄道に決めました。汽車の走る姿は子供からお年寄りまできっと地元を元気づけると信じたからです。会場入り口に募金箱を置き、音楽家がボランティアで歌いました。不便な場所のため決して多くの観客ではありませんでしたが、思いは東北に飛んでいったと思います。

 福島県いわき市の知人は「ありがとうね。遠いところで応援してくれている人がいることをうれしく思いますよ。俺たちも頑張らないと」と言っていました。

 これからもおひなさまを見るたびに、あの日のことを思い出すでしょうし、逆に忘れてはいけないと思います。そして、春は必ず来るということも。

 産経新聞2012年3月11日「私の3・11」第1章


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[遠藤未希さん、三浦毅さんなど多くの職員が犠牲となった南三陸町の防災庁舎]

【いつか「未希神社」で……】

 横浜市、河野博之さん(47)

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