語り継ぎたい3・11体験談、そして被災地へのエール

2012.03.20 Tuesday 01:57
くっくり



 その日受けた会社は不採用でしたが、今は他の会社に就職が決まって元気に働いています。

 産経新聞2012年3月11日「私の3・11」第1章


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[岩手県陸前高田市の国道45号、気仙川にかかる気仙大橋の仮橋。2011年7月に完成。“沿岸の大動脈”は息を吹き返しました。横には橋脚だけが規則的に残っています]

【羽田空港「一緒に泊まりませんか」】

 韓国ソウル市、山本裕子さん(34)

 3月11日は羽田空港で仕事をしていて空港内で避難することになりました。そこで困っている女性を見かけました。アツコ・ドーキンさんという、母が危篤で米サンフランシスコから30年ぶりに帰国し、あす高松に帰るという方でした。

 携帯電話の電池が切れてしまい、アメリカや日本の家族に連絡が取れずにいたので、公衆電話のかけ方を教えました。

 彼女から「ホテルを予約しているので一緒に泊まりませんか」と温かい言葉をかけてもらいました。彼女の優しさに甘えて泊まらせていただきました。翌日、飛行機も再開し、彼女は松山行きに搭乗できました。

 1週間後、彼女から連絡があり、病院に到着したときにはお母様はもう意識がない状態で、しばらくしてお亡くなりになったそうです。

 震災からもう1年がたとうとしています。その後、彼女はお元気なのかいつも気になっています。そして、あの状況の中で私に温かい言葉をかけてくださったことに感謝しています。人の温かさを彼女から教えていただきました。

 産経新聞2012年3月11日「私の3・11」第1章


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[岩手県沿岸部を走る三陸鉄道の釜石駅前で、2012年3月11日、復興を願った「釜石から復興未来ゆき」の切符が発売されました。「諦めない限り有効」の文言が心に響きます。津波で甚大な被害を受けた三陸鉄道は現在、南リアス線(釜石〜盛)は全線、北リアス線(久慈〜宮古)は陸中野田〜小本間が不通。14年4月の全線再開を目指しています。

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