2012.03.17 Saturday 01:32
くっくり
このフォルツァイムでの活動は、ドイツ人たちが日本の友人たちと苦しみを分け合おうとする、ほんの一つの例にすぎないということを伝えたいと思います。
今回の災害は、日本人の考え方を変えただけでなく、影響は世界の工業国にも及んでいることを指摘しましょう。その一例。われわれのバーデンベルグ州では選挙がありました。過去10年近くを支配していた保守党が勝つはずでした。でもフクシマの影響で、環境保全論者と社会主義者が勝ちました。私自身としては残念だけれど、そろそろ変化の時期がやってきたのかなと、認めないわけにはいきません。私たちも考え方を変え、政治家たちも、道徳的、社会的、精神的要素を、経済的、技術的変化と考え合わせる時期なのかもしれません。
親愛なる友よ、肉親や家などを失った多くの人々への同情で、あなたの胸はいっぱいになっているでしょう。
でも、私たちドイツ人は、日本人の能力を信じています。巨大な幾つもの難しい問題を、規律と創造力を駆使して過去にも突破してきた日本人の能力を。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—特別版 親愛なる日本の友へ」より
3月に起こった三つの惨事の後、地震、津波、原発の緊急事態、そしてそれを取りまき続ける苦しみや憂いの中で、絶望して呆然となり、結果的に何もできないようになってしまうのはたやすいことです。しかしこの悲劇には、私たちの生き方に潤いを与える「ちから」があるという側面もあります。
例えば何百万人もの心優しい人々による前代未聞の金銭と物資の寄付活動が続いています。また福島原発作業員の方々の英雄的な——自分の命も顧みず、他人の安全安心を願う行動があります。あるいは困っている人をできる限りボランティアで助けたいと願う大多数の方々や救助隊員がいます。まさにこういうとき、影響を受けている人たちの痛みを感じるときに、私たちの本当の人間が出てくるのです。この苦しみは「もっと人を思いやり、人に与える生き方」というものに形を変えます。問題はこの心を日常生活の中でいかに保つかということです。
この津波と東北の方々の苦しみを初めて見たときのショックを思い出してください。胸が苦しくなったことも、できることなら何でもやろうと思ったことも覚えておいてください。それを常に持っていて寄り添っていてください。それを糧に、どんなに小さくても、今でなくても何か行動してください。そんな心があれば、より良い社会——分かち合うことや思いやることが普通の社会——を作る力になります。この惨事は日本に空しさを感じさせるものですが、もし私たちがその道を選べば、誰もが思いやりの心のタネを育て、被災者やそのほかの天災や人災で苦しむ人々を助ける行動へと歩ませることができます。
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