【東日本大震災-11】外国人から見た日本と日本人(33)

2012.03.17 Saturday 01:32
くっくり



 転んでも、転んでも、起きて、歩き出す。“崩れない”のです。

 そんな日本でも、10年ほど前から、何か変だと、感じることも多くなりました。1992年に来日したときとは、違ってきています。

 引っ越しの挨拶をしたくて訪ねても、隣人は出てきてくれないのです。以前は顔を合わせて言葉を交わしたものです。

 人が人として接しておらず、冷たくなったと、思うことがあります。

 しかし、今回の震災の報道を見ていると「日本は変わる、それも、よい方向に」と強く感じるのです。人々がまとまってきている。

 現地の若者は、初めての経験をしたと思います。電気もない、携帯電話も使えない、水もない暮らし。

 なにかに、目覚めたのではないでしょうか。日本は、以前のように、人と人とが暖かく接している社会に戻ると思いますよ。

■ギュンテル・イルク=ドイツ人。70代。時計製造会社元重役。三度の来日経験あり。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—特別版 親愛なる日本の友へ」より
加藤さんに宛てた手紙

 4月15日

 無事のお便りを有難う。52年前、共にフランスで学んだ昔の友へ、日本の大震災から約1ヶ月後のこちらの様子を伝えます。

 私たち夫婦が住むフォルツァイムの町は、人口10万。町そのものは美しくないけれど、周囲の田園風景は素晴らしく、町もオペラ、バレエ、交響楽団などがあって、文化的レベルは高い。

 先週の日曜日、ブラームスとシューベルトのコンサートに行きました。演奏の前に、楽団は予定になかった特別の曲を、日本の犠牲者たちを悼むために演奏したのでした。アメリカ人作曲家、サミュエル・バーバー作曲の「アダージョ」。ルーズベルトとケネディ両大統領の葬儀で演奏された曲でした。終了後拍手はなく、厳かな沈黙と祈りが数分続いたのです。

 日本の災害は、日本人への深い同情の念を私たちの心に呼び起こしただけでなく、「援助したい」という欲求も抱かせました。この演奏会では、被災者のためのかなりの義援金が集まりました。また、これがきっかけになって、他の組織が募金を始めたのです。

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