子供たちに教えたい柴五郎

2012.02.13 Monday 18:36
くっくり


 明治維新後からわずか30数年しか経ていない、極東の小さな近代国家の日本とです。
 これは当時としては非常に画期的なことであり、世界は驚愕しました。

 教科書的には、日英同盟締結の項に柴五郎の名前は出てきませんが、実は影の立役者だったんですね。


 柴五郎と日本将兵が見せた武士道精神と、イギリスの騎士道精神。
 これらには相通じる部分も多かったのではないでしょうか。

 当時のイギリス人が残した柴五郎の評価を見ると、自然とそのように思えてきます。

 柴中佐の指揮下に留まっていたイギリス人義勇兵の一人、B・シンプソンは、このように日記に記しています。

 【数十人の義勇兵を補佐として持っただけの小勢の日本軍は、王府の高い壁の守備にあたっていた。その壁はどこまでも延々とつづき、それを守るには少なくとも5百名の兵を必要とした。しかし、日本軍は素晴らしい指揮官に恵まれていた。公使館付き武官のリュウトナン・コロネル・シバ(柴中佐)である。〈中略〉 この小男は、いつの間にか混乱を秩序へとまとめていた。彼は部下たちを組織し、さらに大勢の教民たちを召集して、前線を強化していた。実のところ、彼はなすべきことをすべてやっていた。ぼくは、自分がすでにこの小男に傾倒していることを感じる】

 イギリス公使館の書記生ランスロット・ジャイルズは、次のように記しています。

 【王府への攻撃があまりにも激しいので、夜明け前から援軍が送られた。王府で指揮をとっているのは、日本の柴中佐である。〈中略〉 日本兵が最も優秀であることは確かだし、ここにいる士官の中では柴中佐が最優秀と見なされている。日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ。わがイギリス水兵がこれにつづく。しかし日本兵がずば抜けて一番だと思う】

 イギリス以外の欧米人の評価も紹介しましょう。

 義和団の乱で北京籠城を経験したアメリカ人女性のポリー・C・スミスは、こう記しています。

 【柴中佐は、小柄な素晴らしい人です。彼が交民巷(こうみんこう)で現在の地位を占めるようになったのは、一に彼の智力と実行力によるものです。〈中略〉 柴中佐は、王府での絶え間ない激戦でつねに快腕をるふるい、偉大な士官であることを実証しました。だから今では、すべての国の指揮官が、柴中佐の見解と支援を求めるようになったのです】

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