新潮の富田メモ反論に合わせて日経がぶつけてきた?
2006.08.03 Thursday 21:13
くっくり
嫌な気持を表現したが りう 松平は平和に強い考が
それは後で云いたい 閣で あったと思うのに 親の心子知
そして戦後国民が努力して 僚す らずと思っている
平和の確立につとめてくれた もが だから 私あれ以来参拝
ことを云いたかった 知か していない.それが私の心だ
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長 ら多
の靖国発言中国への言及にひっかけて ずい ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意
↑これの元画像(反転した3枚目及び4枚目の画像)はこちら。
ネットで既出かもしれませんが、櫻井さんのご指摘をいちおうざっと紹介しておきます。
■連載コラム第226回 櫻井よしこ【日本ルネッサンス】富田メモ、今や必要な全面公開
[1]までは62年に関する内容で、後続部分は63年に関する内容。
[2]をそのまま読めば、昭和天皇のあからさまな奥野誠亮国土庁長官批判。
氏は63年4月22日の閣僚後の会見で靖国神社について「戦後四十三年たったのだから、もう占領軍の亡霊に振り回されることはやめたい」「トウショウヘイ氏が言っていることを無視することは適当ではないが、日本の性根を失ってはならない。中国とは国柄が違う」などと語った(朝日新聞/昭和63年4月22日夕刊)。
この発言は4月22日、林鳥亭でのご会見はその3日後、富田メモに書かれた「Press会見」は6日後。
立憲君主の理想を体現なさろうとした昭和天皇が、かくも性急に個人名をあげて批判なさったのか。もっと慎重にお考えになる方ではないのか。
百歩譲ってこれが確かに昭和天皇の御発言だとしても、これはそのあとの御発言と矛盾する。
3枚目は4枚目の「前にあったね」につながるが、これは一体何を指しているのか。
「中曽根の靖国参拝もあったか」とはどういう意味か。
参拝した首相は中曽根氏にとどまらない。吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫ら歴代の首相が参拝を重ね、“A級戦犯”合祀のあとも、大平正芳、鈴木善幸、中曽根の各首相が、中曽根氏が中国に言われて中止するまで計21回参拝している。
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