新潮の富田メモ反論に合わせて日経がぶつけてきた?

2006.08.03 Thursday 21:13
くっくり


 
■【特集】「昭和天皇」富田メモは「世紀の大誤報」か
 「徳川侍従長の発言」とそっくりだった!

○徳川義寛元侍従長の長男・義眞(よしさね)氏(71)のコメント
「新聞でメモを見た時は、父の言っていたのと同じだなあ、と思いました」

○戦勝国によって当時の日本の指導者(天皇にとっては臣下たち)がA級戦犯とされていった時、昭和天皇が心を痛めておられたことはさまざまな資料で明らかにされている。特に東条に対しては温かい目を向けておられた。(例:「木戸幸一日記」、「昭和天皇独白録」、「側近日誌」木下道雄、孫の東條由布子さんの証言)

○東條由布子さんのコメント
「昭和天皇さまからは東条はいろいろなお気遣いを賜っておりました。昭和23年12月23日に7人が処刑されて以来、毎年、祥月命日には北白川宮家から陛下のお使いの御方が見えられ、御下賜の御品を頂戴し、また“東条の家族は今どうしておるだろうか?”というお言葉まで頂戴しておりました。祖母からその話を聞きました時は、感動で胸が一杯になったことを覚えております。ですから、陛下が“富田メモ”にあるような事を言われる御方とはとても思えないのです」

○所功・京都産業大学教授のコメント
「他の確かな資料を見ても、昭和天皇は戦勝国の一方的な判決を容認しておられないから、“A級戦犯”という括り方をされるはずがないのです。それを富田さんが頭の中で“A級戦犯のことだな”と判断してメモしたのかと思われます。しかし、“A級(戦犯)”という認識をお持ちでない昭和天皇のお気持ちと、東京裁判の判決に基づく“A級戦犯”という言葉を遣う富田さんの理解力には、雲泥の差があると言わざるをえません」

○神社本庁関係者のコメント
「一般的には、陛下が神社に行かれることを“行幸”と言い、皇祖を祀る伊勢神宮に行く場合は“御親謁”という言い方をします。靖国神社は英霊を祀っているところですが、“御親謁”という言い方はしません。あくまで“行幸”なのです。また陛下ご自身が謙譲語である“参拝”という言葉を遣うのはおかしいし、陛下の“行く”というお言葉を富田氏が“行幸”ではなく、“参拝”と表現するのもおかしいですね」

○メモは徳川元侍従長の発言ではないか?ということで、「侍従長の遺言 昭和天皇との50年」の内容を紹介。
 富田メモと同様、筑波宮司を評価し、そのあとの松平宮司に批判的(「筑波さんのように、慎重を期してそのまま(合祀を)延ばしておけばよかったんですよ」)。

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