「たけしの教科書に載らない日本人の謎2012」日本語特集
2012.01.10 Tuesday 06:19
くっくり
1世紀中頃のものとされる「金印」には「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」という漢字がはっきりと記されている。
だが「金印」は中国から日本に送られたもの、つまり中国語。
「土器に絵とかあるいは記号、符号のような形のものとして、彫られるということがあったんですけど、漢字を知った人々が大勢やってきて、そこで日本ではじめて日本で本格的に漢字の使用が始まったということだと思います」(沖森卓也教授)
日本人がはじめて目にした文字というツール。
やがて日本人は5世紀頃から、積極的に中国へ渡航したり、渡来の人々が来たりすることによって、文字を学んでいくのである。
そんな時代のとある歴史の授業。
先生は口伝えで生徒に歴史を教え、生徒らがそれを復唱して記憶していた。
だが、中国人の生徒は文字を書いていた。
文字をはじめて見た日本人に衝撃が走る。
「文字を教えてくれよ!」
こうして海外からやって来たコミュニケーションツールは、瞬く間に日本人の心を捉えたのだった。
「文字を使うということはすでに発達した文化圏の中に入っていくということで、つまり中国との関係、朝鮮半島との関係からも、文字を使わざるをえない時期に入ってきたんだろうと思います」(大東文化大学文学部・山口謡司准教授)
文字を知った日本人は、中国の文章を読むことで文化をどんどん吸収。
また中国の文化だけではなく政治体制も学ぶことができ、やがて聖徳太子が制定した「十七条憲法」や、文武天皇の「大宝律令」へと実を結んでいくのである。
それでは、5世紀に雄略天皇とされる人物が中国に送った文章の一部を見てみよう。
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