「諸君!」「正論」より富田メモで識者見解

2006.08.01 Tuesday 21:09
くっくり


■『諸君!』9月号 京都大学教授・中西輝政
 <金正日の「戦略的射程」を見極めよ>
 金正日のミサイル乱射から、僅か半月後の七月二十日、なぜか経済専門紙の「日本経済新聞」が狙いすましたかのように、朝・夕刊ぶち貫きの一面トップで報じたのが、昭和天皇が崩御の数カ月前、「A級戦犯」の靖国神社合祀に不快感を示され、それが合祀後に親拝をなさらなくなった理由だとする「富田メモ」(元宮内庁長官・富田朝彦氏の手帳メモ)の“ニュース”であった。富田氏によるそうした「メモ」があるという噂はすでに広く流布していたから、やや大げさな取り上げ方ではあるが、たしかにそれは時節柄、目を引く“ニュース”ではあった。本稿の〆切り間際に飛び込んできたため、この“ニュース”については取り急ぎ次の三点を指摘しておくにとどめたいと思う。

 第一点は、たしかにメモの文面は昭和天皇の「A級」合祀への抵抗感から参拝を中止された経緯を記録するものと思われるが、その場合はやはり「松岡(洋右)」と「白取(白鳥敏夫)」という三国同盟推進コンビの文官でかつ獄中病死者までを合祀したことへの昭和天皇の違和感が際立っている点である。言い換えると、天皇の命令に忠実に従っていわば「身代り」の形で処刑されたり獄死したりした東条英機や東郷茂徳ら「A級戦犯」への昭和天皇の見方は必ずしも明らかとなっていない。このことをまず特筆しておくべきであろう。昭和天皇の松岡(及び白鳥)観が、即、「日経」がアピールしようとしている「A級」分祀論と結びつけられて受取られるとすれば、明らかに牽強付会と言わねばならない。

 第二にこの「富田メモ」なるものの史料としての検証が十分になされているか明らかでない点である。一部には昭和天皇の元侍従長・徳川義寛の手記と「同趣旨」だから信憑性が高い、という評があるが、その分析は次元の違うものを結びつけており、やや強引であろう。そもそも「手帳メモ」という形をどう評価したらよいのか、また手帳の中に「貼り付け」られた用紙の検証はどうなっているのか。(富田氏の)死後三年目の流出という、史料としては「中途半端」な時間的ギャップをどう考えるか。この「富田メモ」の中に他の靖国言及部分はあるのか、あればその間の関係はどうなっているのか。なかんずく、この「メモ」の入手経路は?とくにそこでどんな遣り取りがあったのか。これらは「メモ」の史料としての信憑性を評価する重要なカギなのであるが、本稿執筆の時点では、それらが一切明らかにされておらず、ただセンセーショナルに報じられているだけであることが気になる。

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