皇居勤労奉仕にまつわる感動秘話&女性宮家創設問題
2011.12.03 Saturday 01:27
くっくり
最初に画像で紹介したように、天皇陛下は皇后陛下とともに11月30日もご公務をこなされました。
ご退院後初のご公務だった29日の消防殉職者慰霊祭に続き、2日連続のご公務です。
皇后陛下にお手を添えられ壇上に上がられる天皇陛下のお姿を拝見した時、また私の目から涙がジワーッと…(T^T)
陛下の国民を思われるお気持ち、その有り難さを感じると同時に、どうしてもご体調が気になってしまって…。
夫は「あんた歳のせいで涙腺ゆるなってるんちゃうの?50目前やもんな」と茶化しますが(来年私は年女で48歳に…ってほっといて!(^_^#))、そんなことはありません。他のことでは泣きませんもん!
すみません、話がずれました(^^ゞ
私のように地方に住んでいますと、勤労奉仕や一般参賀にはなかなか足を運びづらいですし、実際、私は過去に両陛下どころかご皇族の方々のお姿を直に拝見したことは一度もありません。
あ、うんと昔、秋篠宮殿下のご結婚が決定した頃、東京でたまたま殿下とニアミスしたことはあります。あとで知って「もうちょっと早くあそこを通っていれば!」と悔しく思ったものです。
ただ、そんな私でも、天皇陛下の御存在が日本の「幸運」であり、世界の「奇跡」であり、その前ではどんな「理屈」も太刀打ちできない、ということは理解しているつもりです。
うーん、でもやっぱりこれも「知識」だけなのかもしれませんね。
おれんじさんのように体感された方がとても羨ましいです!
ちょうど良い機会ですので、勤労奉仕にまつわる感動秘話をあと2本、拙ブログの過去記事からお届けします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
image[090210sapio.gif]
「SAPIO」09年2月11・18日号【歴史を振り返れば現代が見える 第2弾 昭和天皇と私たち日本人の幸福な日々】より
[皇居清掃]GHQを驚かせた占領下の「皇居勤労奉仕」誕生秘話/高森明勅
【皇居勤労奉仕はいつ、どのような経緯で始まったか?
木下道雄侍従次長(当時)の証言によれば、昭和20年12月に宮城県内栗原郡の60人の青年グループが皇居の坂下門にやってきて、「二重橋の前の広場に雑草が生い茂って、たいへん荒れていると聞き、草刈りやお掃除のお手伝いのために上京しました。どうかお手伝いをさせて下さい」と申し出たのが最初。
[7] << [9] >>
comments (43)
trackbacks (0)
<< 「アンカー」橋下維新W選勝利で大阪都構想の次の一手と国政への影響
支援国を「落とさない」&日土友好の新たな架け橋となった宮崎さん >>
[0] [top]