2006.04.06 Thursday 00:17
くっくり
また当時の政府は事実を調べもしないまま、官房長官談話を出して中国などに謝った。そう思った人もいるだろう。
しかし、いずれも事実とは異なる。
教科書の書き換えが問題になったのは24年前だ。若い人は知らないし、記憶が薄れた人も多いだろう。そんな中で、事実の一部だけを取り上げ、当時の政府判断を誤りと決めつけるような発言がそのまま独り歩きしては困る。これを機に、事実のおさらいをしておきたい。
82年6月、高校の教科書について検定結果が報道された。朝日新聞を含め多くの新聞や放送が、「華北を侵略」という記述が検定によって「華北に進出」に変えられたなどと伝えた。
ところが、その後、「華北に進出」という表現は検定前から書かれていたことがわかった。その限りでは、安倍氏の指摘した事実はある。当時のずさんな取材を率直に反省したい。
では、「侵略」という言葉がすんなり検定を通るような状況だったかといえば、そうではない。中国との関係に限っても「侵略」の言葉を削られたり、「侵入」に変えさせられたりする変更が計4カ所あった。東南アジアについては「侵略」を「進出」に変えた例もあった。
それ以前の検定では、中国との関係で「侵略」を「進出」に書き換えさせられたこともあった。
82年の検定では、韓国も独立運動などの記述をめぐって訂正を求めた。
文部省幹部らが中国へ派遣され、自民党の三塚博、森喜朗両氏は韓国を訪れて説明した。この後、宮沢喜一官房長官が検定のあり方を改める談話を出した。
「華北に進出」と書き換えられた事実はなかったが、ほかの例や過去の検定を見れば、同じような問題がある。そう判断したからこそ、政府は官房長官談話を出したのだろう。
これを受けて、検定基準に「近隣諸国条項」が加えられた。アジア諸国との歴史的な関係に配慮するというものだ。
歴史への反省を踏まえた当時の官房長官談話を否定するかのような、現在の官房長官の発言は、政府の姿勢に疑念を抱かせかねない。テレビでの発言が意を尽くしていないのならば、改めて言葉を補った方がよくはないか。
[7] << [9] >>
comments (18)
trackbacks (9)
<< 中共の工作がついにバチカンにも
朝日新聞敗走?安倍氏の社説批判を隠蔽 >>
[0] [top]