2006.07.27 Thursday 02:12
くっくり
「天皇の政治利用」許してならず
≪富田メモへの根源的疑問≫
富田朝彦元宮内庁長官のメモをめぐって、「昭和天皇が靖国神社への参拝をとりやめられたのは、A級戦犯の合祀(ごうし)が原因であることが明白となった」との主張がなされている。
以前、本欄において、「『A級戦犯』の合祀を理由に、陛下がご親拝を中止されるなどということは考えられない」(平成17年8月9日付)と書いた筆者としては、もし今回のメモの内容が真実であるとすれば、この点に関する限り訂正せざるを得ない。しかし、正直なところ疑問は残る。
というのは、先にも述べたように、マッカーサーに対し、全責任は自分にあるとされ、木戸元内大臣について「米国より見れば犯罪人ならんも、我が国にとりては功労者なり」と語っておられた昭和天皇が、たとえ私的な会話であれ、果たして「A級」などといった乱暴ないい方をされるであろうかとの疑念は拭いきれないからである。
また、仮に松岡元外相や白鳥元駐イタリア大使の合祀を不快に思われたとして、そのような個人的な理由だけで参拝をとりやめられるなどということがありうるだろうか。
富田メモをめぐるマスコミの一連の報道を見ると、昭和天皇の「立憲君主としての公的な立場でのご発言」と「私的なご発言」とは区別すべきことが分かっていないのではないかと思われる。両者は次元の異なるものであって、もし天皇の個人的なご発言によって直接国政が左右されるなどということになれば、立憲主義は崩壊する。
≪勅使ご差遣こそが大御心≫
昭和天皇は、戦前、戦後を通じて、常に内閣の輔弼(ほひつ)(助言・承認)に基づき、立憲君主として行動されてきた。つまり個人的なお考えを表に出されることはなかった。このことは先の大戦の開戦時、ご自分は戦争に反対でありながら、立憲君主としては御前会議の決定に従われたことなどからも明らかである。また常に公平無私を貫かれ、公の場ではひいきの力士の名前さえ口にされることはなかった。
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