【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)

2011.10.18 Tuesday 01:50
くっくり



 現在、福島原発の陰に怯える日本人は再び国民を導いてくれる人物を求めている。無能なる政府の"妥協"とは違う人物だ。・・・木曜日、東京の石原慎太郎都知事はテレビの前で水道水を飲み、安全性をアピールした。だが、東京の市民達はこぞってミネラルウォーターを買いに走ったのである。

 そしてこの頃、国民は国難に直面した日本の最後の希望として天皇陛下を頼るようになったのだ。

 忠平敏弘(64歳)さんは息子の勇人(29歳)さんと共に皇居を訪れた。天皇陛下から国民に向けられた励ましのお言葉をテレビで見た敏弘さんは、特に最近は何も信頼出来ない状況だった為、とても感動したと語った。

「天皇陛下は常に我々国民と共にある」

 忠平さんはダイムラー傘下の三菱FUSOに勤めているが、現在部品が供給されていない為、仕事が出来ない状態だと語った。そして皇居に入ると、「天皇陛下は御歳を召されており、体も弱くなっておられる。だが、陛下は常に我々と共に居てくださる。」と語った。

 難しい言葉を使われていないにも関わらず、天皇陛下の言葉は国民を感動させた。ただ静かに共にあるという事を示したのだ。皇居では必要な時(公務等)以外電気を使わないようにされておられる。これは陛下が自らお考えになって行動したものだった。現在、皇室が夏に使用している別荘では、地震や津波で被災した人々がお風呂に入れるようになっている。また皇室の宮内庁病院では被災者の受け入れもなされているのだ。

 陛下は自ら出来る限りの事をしたのだ。・・・例え国民が陛下の為に何かをせずとも、陛下のお気持ちを汲むような事が無くてもである。今上天皇のお父上、昭和天皇は戦後アメリカによって神としての地位から降ろされ、1946年には民主的な憲法が制定され「国の象徴」となった。そして日本においては、言葉よりも行動が人々に共感されやすいのだ。

 しかしながら、一部の日本の国粋主義者達によって、こうした陛下のお言葉も利用されかねない。その為、陛下は日本神道の長として行動し、皇居の中で国の為、国民の為にただ祈るしかないのである。

「国民と共に」

 こうした事は古来から日本では普通であった。何世紀にも渡って、帝は京都という都で隠居の様な生活を送っていた。これが変化したのは1868年の明治維新によって東京が新しい首都となり、陛下を政治上の権力者として中央に立てた時だけである。そして国民は神聖なる君主と天皇を崇めたのである。

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