【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)

2011.10.18 Tuesday 01:50
くっくり



 日本がまた元気になれると私がなぜ考えるのか、こういう例があります。15日くらい前でした。別のアルバイト先のコンビニに、夜、小さい男の子が一人で買い物に来ました。家族はお店の外にいたみたいです。レジの前には、被災地の写真が貼ってある手作りの大きな募金箱が置いてあります。その子供はレジの前でこっちの手にお菓子、もう一つの手に百円か二百円くらいお金を握って、大きな募金箱をじっと見て、一生懸命何が書いてあるのか字を読んでいました。それからその子供は、お菓子を棚(たな)に戻しにいって、小さい手に握っていたお金を募金箱に入れたんです。それを見て、私の目に涙が出ました。レジにいた私は急いでその子が戻したお菓子を買って渡しました。日本では、こんな小さい子でも誰かのために自分から募金する。こんな国だから日本はきっと大丈夫だと、私はそう思います。

■石川翔龍(いしかわしょうりゅう)=中国人。1966年(昭和41年)生まれ。日中言語文化学院校長。来日した中国人に日本語を教えている。日本滞在期間20年。
 3月11日の東日本大震災の当日、初めの本震が来たときは、当校の教室は縦に細長いビルの5階ですので、かなり大きく揺れました。ちょうど授業中でしたが、生徒たちは突然立ち上がり、大声を出す者や泣き出す者もいました。それから何度か揺り戻しがありましたので、教室の中はパニックのような状態が続きました。

 しばらくして揺れが落ち着いたのを見計らって、私は生徒たちと連れだってビルの階段を下りていきました。極度の緊張のためか生徒たちのある者は途中で足がすくみ、またある者は恐れから急いで駆け下りようとしていました。なかには、校長の私に頼りたいと思ってか、私の腕を強く掴んだり、私に負ぶさってくる者もいました。

 ところが、ビル内の上のフロアーから下りてくる日本人の会社員たちは、落ち着いた調子のゆっくりとした足取りです。私たちの先を下りている日本人たちの何人かは、後ろを振り返って大丈夫かと聞いてくれたり、階段を譲って私たちを先に通そうとするのです。日本人はまだ年が若い人でさえ譲ってくれるのを目の当たりにして、中国人の生徒たちはようやく落ち着きを取り戻し、安堵したといった仕末でした。

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