2011.10.15 Saturday 02:14
くっくり
「(拉致担当相が)山岡賢次さんですよ」とマスコミの知人からメールをもらったときは、正直、冗談だと思った。拉致問題に全くといってよいほどかかわってこなかった人物で、関心もありそうには見えない。そのうえ、民主党の同僚議員からの評判も決してよろしくないこの人物がなぜ拉致担当相なのか、理解できなかった。
懸念はすぐに現実のものとなる。組閣直後の九月四日に都内で開催された家族会・救う会・拉致議連共催の「緊急国民集会」でのことである。
ここには山岡大臣も参加したのだが、開会前に控え室で家族会のメンバーとはじめての対面をしたときのこと。大臣になってからはじめて会うこと自体、何もしていなかった証拠なのだが、有本恵子さんのご家族が「娘は一九八三年に拉致をされました」と話したところ、大臣は何と「私はその年に初当選したんです」と長々と喋り出したのだ。
実は私も同じ控え室にいたのだが、正直なところ顔も見たくなかったので一番遠いところにいたため、このやりとりは知らなかった。周りにいた人があとで教えてくれたのだが、話を聞いて、怒りを通り越して呆れるばかり。
集会では、官僚の書いた原稿を棒読みにする姿に会場から囂々(ごうごう)たる野次が飛び、司会の櫻井よしこさんが何度も制止しなければならないほどだった。
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<「WiLL」2011年11月号【民主政権はなぜ拉致問題に冷たいか】(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)。画像は「TVタックル」より>
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