中川昭一さんの“言葉”を振り返る

2011.10.03 Monday 01:53
くっくり



 救援活動中、日本の救援隊が残念ながらお亡くなりになったご遺体を発見した。
 そのご遺体を引き出してきた時、日本人の隊員はみな必ず敬礼をしたり、手を合わせる。この行為に中国人は大変驚き、そして、感動したそうであります。

 この話をつながると思うのですが、先日、鎌倉の円覚寺の方とお会いする機会がありました。
 あの時代、元が攻めてきた元寇がありましたよね。日本は何とか元からの攻撃をしのいだわけですが、あの元寇で亡くなった人たちを祀って建てられたのが円覚寺だそうです。そしてそこには日本人だけじゃなく元の人たちも祀られています。

 つまり日本人にとって、亡くなれば誰でもみんな仏様…と言ってしまってはダメかもしれないけど、みんな畏敬の気持ちを持つ対象としては同じなんだという意識が、当たり前のようにあります。
 ご遺体に手を合わせる、これは日本人にとっては当たり前のことです。
 ちっちゃな子供でもやりますし、私たち大人もそういうふうに教えます。
 でも世界の中から見れば、それは珍しいことなんだそうです。

 「そんなことは日本で当たり前だ」
 と、私が友人に言ったら、大変びっくりしておりました。
 「だから靖国神社があるんだ」
 と言ったら、また喧嘩になりましたけれども(笑)。

 ただ靖国神社の話だって、亡くなった人がどういう人であろうと、戦って亡くなった人は同じなんですよ。そこにお参りとか行くな、と言う話になる…。またこれで議論になりますから、また別の機会にお話したいと思いますが、いずれにしても、私たち日本人は、そういう感覚で生きているんだと堂々と主張してもいいのではないでしょうか。
 それが当たり前の気持ちであり、行動なんだ、と。

 こういった、日本人として当たり前のようにやってることを我々は是非守っていきたい。これは宗教活動というよりも、日本人の習慣です。日本人らしさとも言えるでしょう。
 この「習慣」や「らしさ」を世界に広げていってもいいんじゃないか、と四川省でのエピソードを聞いて感じたわけであります。】

 (中川昭一ライブラリ>その他講演録・文書等>【講演】日本の実力Vol.4〈終〉(2008年6月29日)

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