日韓"謝罪派"結託が反日の温床「SAPIO」02.9.25号&震災祝い横断幕
2011.10.01 Saturday 01:23
くっくり
井沢 私も閔妃が「独立派のジャンヌ・ダルク」というのはとんでもない話だと思います。彼女が生きていたら、彼女の思惑が成功していたら、朝鮮半島はもっと未開のままで終わっていたでしょう。ただ、彼女の殺し方についてはきちんと糾弾しなければならないとは思いますが。
金 閔妃を殺したのは日本の高官であるというふうになっていますね。でも、これは誤った解釈だと思うんです。調べてみますと、1895年に朴泳孝という人物が閔妃を殺そうとしています。これは事前に計略がばれ、彼は日本に逃げて、ここで再度殺害の計画を進めていました。そして当時大院君も同じ計画を進めており、つまり日本がこの事件でやったことというのは、朴と大院君の計画をサポートしただけなんです。三者連合だったということです。
閔妃は中国の西太后*3と対比できると思いますが、彼女は中国を滅ぼした人物で、1908年まで生きていました。けれども閔妃は1895年に殺された。西太后と同じくらい生きていれば、韓国の歴史はまた違ったものになったかもしれませんね。
*3 西太后 清朝末期の咸豊帝の妃で同治帝の生母。同治帝の死後、自分の妹の子である光緒帝を強引に擁立すると自ら摂政となって独裁権を握り、以後死ぬまで清国を支配し続けた。
井沢 せっかく日本にお越しになったので、日本の事情もちょっとお知らせしておきたいのですけれども。日本は戦争に負けたということが、非常に大きなことで、それを反省しなければならないというのが、戦後50年の一貫した考え方ですね。ところが、私の目から見て行き過ぎだと思うのは、「戦前の日本がやったことは何もかも悪い」ということで全面的に否定する人たちがいるということです。
公平に見て、日本が朝鮮半島の統治の間に韓国に対して貢献したということもあると思うんですね。ところが、そういう人たちは、「韓国人も、日本人のやったことでいいことはひとつもないと言っているじゃないか」ということで、韓国の反日教育を支持するかたちになってしまっています。
[7] << [9] >>
comments (7)
trackbacks (1)
<< 「アンカー」小沢氏元秘書有罪判決の"真犯人"&日米首脳会談の真相
中川昭一さんの“言葉”を振り返る >>
[0] [top]