後世へ残したい!陸前高田の女子高生の震災体験談
2011.09.20 Tuesday 02:04
くっくり
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フジテレビで「わ・す・れ・な・い」という震災の特別番組を見て、今まであまり詳しく書かなかった、11日の私自身のことをちょっと長々とつぶやいてみようと思います。
私はあの日午前授業でした。
放課後は国道45号線沿いにあるショッピングセンター(リプル)へ友達(以降S)と行きその後ファミリーマート、ドラックストア(ツルハ)という順に回る予定でした。
友達が校則違反をしたペナルティーである校内清掃をしなければならないとのことで、友達が終わるまで、2時間ほど職員室で時間つぶしがてら数学を教わったり、進路の話をしたり、なぜかチェルノブイリ原発事故についての話をしたりしていました。
そういえばあの日の朝、友達たちに私は「サバイバル的なことがしたい!!こう…地震きて家崩れてうちも閉じ込められるんだけど脱出して、瓦礫の上を華麗に越えていって、助けてーとか言われて救出したり…笑」と話をしていて、その話もだんだん現実味を帯びていき「近々津波来ると思うー」ということでまとまりました。
つい先日大きな地震があったため、寝ているとき地震がおきたら何を持ってどこを通ってどんな風に避難するかということまで考えていました。
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話し戻って、Sの居残りも終わり、職員室で合流し先生と進路診断等して盛り上がり、そろそろ行こうかーということで校舎を出ました。
校舎前にあるグラウンドの横の道路をいつも通り通って自転車置き場の横の細い道を進んでいこうとしたとき、私のケータイの緊急地震速報のアラームが鳴りました。
驚きながらもとりあえず地震来るから止まろうということで、身構えました。
するといきなり大きな揺れが私たちの町を襲いました。
揺れはいつものようにすぐにはおさまらず、さらに幅の広い揺れになりました。
近くの民家の瓦がパリンと音を立てながら私たちの2m先ほどにとめどなく落ちてきました。
私たちはお互いに抱き付き合い、とりあえず何も倒れてこない場所に動かなきゃと校舎前のグラウンドの方へ向かいました。
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