戦前に朝鮮人衆議院議員がいた「SAPIO」07.5.9号&慰安婦問題の現状

2011.09.17 Saturday 00:55
くっくり



 このことについて、40年以上も前に歴史学者石原道博はこんな説明をしています。

 支那沿岸部を海賊たちが襲うと、役人たちは警備不十分の責任を問われる。そこで、あの海賊たちは強暴な日本野郎なので自分たちの手に負えなくてもしかたがないという話を作り上げた。本来なら、日本人にとって不名誉な「倭寇」という名前なのだが、明治以後、大陸雄飛の時代風潮の中で、逆に倭寇が日本人の勇猛さのシンボルとして積極評価されるようになった。こうして、倭寇=日本人の海賊、という見方が二つの方向から固定されてしまった。

 西日本の沿岸部も倭寇の被害に遭(あ)っているのに、それを日本人の海賊と名付けるのはひどいでしょう。しかも、倭寇を理由に日本非難をするなんていうのは、いいがかりも甚(はなは)だしい。名称の変更も検討していいんじゃないでしょうか。日本にとっては冤罪、ぬれぎぬなんですから。

 朝鮮の場合は、豊臣秀吉の朝鮮侵略の例がしばしば持ち出されます。これについては事実は事実として厳粛に受け止めるべきです。しかし、これをもって日本人の侵略性、残虐性の証明ということにはなりません。

image[110916-sap05genkoou.jpg]

 【元寇。画像は「Wikipedia」より、『蒙古襲来絵詞』に描かれた文永の役での戦い】

 秀吉の朝鮮侵略の三百年前には、日本は支那・朝鮮連合軍の侵略を受けているのです。いわゆる元寇です。文永・弘安の二度の元寇による戦費・防衛費の捻出で鎌倉幕府は著しく疲弊し、幕府崩壊の原因となりました。尊皇意識の強い右翼の人は認めたがりませんが、私は、鎌倉幕府は実質的に一つの王朝だったと思います。その王朝が支那と朝鮮の侵略軍によって滅ぼされたも同然の目に遭ったのです。しかし、右翼的な皇国史観では、日本は神国であり、神風が吹いて侵略軍は撃退された、皇国は安泰であった、と解釈したがります。

 ここでもまた、右翼的であるが故に、支那・朝鮮の侵略責任を問いにくくなる、という皮肉が現れます。イデオロギーや先入観にとらわれることなく、歴史を見てゆかなければなりません。


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