戦前に朝鮮人衆議院議員がいた「SAPIO」07.5.9号&慰安婦問題の現状

2011.09.17 Saturday 00:55
くっくり


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 このところ、また日本の戦争責任・植民地責任を問う声が強くなってきました。慰安婦、戦時徴用などについて謝罪を求める韓国内の動き、また、アメリカでこれと連携する下院議員の言動などが、マスコミで報じられています。韓国だけではなく、支那でも江沢民前国家主席は、歴史問題は永遠に語らなくてはならないと言っていましたし、戦争責任を追及する反日デモもしばしば起きています。

 こうした日本非難について、大多数の日本人はとまどい、うんざりしています。一体、どのような謝罪をすればいいのか、いつまで謝罪すればいいのか、という苛立ちです。この問題は政府間で外交決着がついているではないか、実質的な賠償に相当する、いや、それ以上の経済援助をしているはずだ、という反撥の声も強くなっています。

 韓国や支那、さらには北朝鮮のこうした日本非難への対抗措置は、唯一「言うべきことは言う」に尽きます。ただ、そのためにはちゃんとした歴史認識を身につけておかなくてはなりません。幸いにも、日本では学問研究の自由、言論の自由が認められており、どんな知識・情報にもアクセスできます。知的好奇心を満足させる楽しみという観点からも、歴史認識を深めて行くのが一番です。

朝鮮人衆院議員の存在が示唆する「強制性」への疑問

 まず、慰安婦問題について考えてみましょう。私はこの問題について専門的に研究しているわけではありません。何冊か本を読んだ程度です。その中で最もよくまとまっているのが秦郁彦さんの『慰安婦と戦場の性』(新潮選書)です。これによると、銃剣を突きつけて婦女子を強制連行して慰安婦にしたという例は見つからなかったことがよくわかります。慰安婦問題の仕掛け人の一人、吉田清治という病的な虚言者の話も、人間心理の不思議さの好例として、別の意味で興味深く読めます。

 ところで、秦郁彦さんらの著作から教えられる前に、銃剣を突きつけて慰安婦にするといういわゆる「狭義の強制性」について、私は漠然たる疑問を持っていました。というのは、朝日新聞社から1990年に刊行された『朝日人物事典』をパラパラとめくっていて、偶然こんなことを読んだからです。

 それは朴春琴(パクチュングム)という朝鮮人政治家の項目でした。1891年に慶尚道に生まれた朴は、16歳で渡日。保守系の日本人と交流を深め親日融和団体の指導者となり、1932年(昭和7年)には衆議院選挙に立候補して当選します。そのため、戦後は、民族の裏切り者として指弾されることになります。

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