自衛隊を鼓舞した被災地の子供たちの手紙
2011.09.10 Saturday 02:39
くっくり
だが、300〜400人の部隊が2か月を超えて小学校のグラウンドに居続けることには、子どもたちの体育授業に影響しかねないと判断した連隊長・末吉洋明1佐は、道路を挟んで向かいの甲子中学校へ宿営地を移動させることにした。
末吉1佐とその幕僚が2か月間、宿営させてもらったお礼のために菊池清太校長を訪ねると、そこには児童を代表して児童会長らが待っており、前述のように感謝の言葉を述べたのだった。さらに菊池校長からは、6年生と5年生の児童全員が書いた、感謝の手紙が手渡された。
末吉1佐は回想する。
「これには驚きました。我々がやってきたことが、こんなにも多くの子どもたちに感謝されていたとは。同時に、子どもたちにそう思わせた隊員たちを心から誇りに思いました」
手紙の一部を紹介しよう。
≪ぼくはさいしょは、もうしぬ。ぜったいしぬと思っていました。でもじえい隊のヘリや車をみるたびになみだがでました。ぼくはそのとき「釜石のためにがんばっているんだな」と思いました。ほんとうにありがとうございます≫(5年男児)
≪わたしたちの住んでいる釜石を助けて下さりありがとうございました。お体に気をつけて下さい。この手紙を読んでいやなことがふっ飛んでくれたらうれしいです≫(6年女児)
≪よくニュースで、自衛隊のみなさんが必死でがれきのてっ去や、い体のそうさくをしているすがたを見ています。今のような生活にもどれたのは、自衛隊のみなさんのおかげだと思っています。釜石のために頑張ってくださって、本当に感謝しています≫(6年男児)
≪ぼくは人を救うことはまだできませんが、おおきくなって、またこのようなことがおきたとしたら、人を助けられる自衛隊になって人を助けて、ぼくも釜石を守りたいです≫(5年男児)
後日、本誌の取材の案内で末吉1佐が小学校を訪れると、子どもたちがワッと駆け寄ってきて、まとわりついて離れなかった。そして一人の男児が、「おんぶ!」と言うなり末吉1佐の背中に飛び乗った。すると、「わぁーずるい!僕も!」と、子どもたちが背中を取り合ったのだった。
image[110909-06unosumai.jpg]
[7] << [9] >>
comments (14)
trackbacks (2)
<< 「アンカー」外交・安保で奇妙な組閣…信念を捨てた野田首相の真の狙い
護憲派共感?!「サイボーグ009」第16話“太平洋の亡霊” >>
[0] [top]