自衛隊を鼓舞した被災地の子供たちの手紙
2011.09.10 Saturday 02:39
くっくり
その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。
井上旅団長は言う。
「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲(みなぎ)ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」
少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼りつけられた。
東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだに行方不明の6人の児童の写真もあった。
その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を探し続けていたのである。
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毎朝出かけていく自衛隊を児童たちは見ていた
「自衛隊員の皆さんのお母さんやお父さんも被災されたと思いますが、それにもかかわらず、僕たちのために釜石まで来て頂いて、とても嬉しかったです!」
釜石市立甲子(かっし)小学校で児童会長を務める川村直輝君は、第21普通科連隊の隊員に対し、感謝の言葉を述べた。
陸自第9師団隷下の第21普通科連隊は、発災翌日、秋田県秋田市の駐屯地から釜石に駆け付けた。人命救助をはじめ、持てる力を総動員して、あらゆる支援活動を実施した。
その宿営地となっていたのが釜石市立甲子小学校だった。
上野泰宏副校長は言う。
「この学校には、被災した子どもたちや被害の大きかった地区から転校してきた子どもたちがいます。そんな中で、自衛隊が自分たちの街に災害派遣のために毎朝出かけていくことに、頼もしさを感じたのではないでしょうか」
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