久米宏氏の韓国に対する認識の間違いを正す「SAPIO」01.8.22/9.5号

2011.09.05 Monday 01:28
くっくり



 久米さん、たぶんあなたも日本人の一人として、日本には独自の文化があると言いたいと思うんですが、彼らはそれは認めないんです。儒教文化というのは、儒教文化が第一であるという意味ではありません。文化というのはそれしかないという意味なのです。だから、それ以外の文化はすべて、野蛮で遅れているから改良すべきものとなります。そういう考え方に立ってみると、日本に優れたものはあり得ない。日本にあるものは、それが良いものであればあるほど、すべて朝鮮半島人が教えてやったものの亜流であるという発想になります。そういう発想が、つまり「われわれの靴下をやつら日本人は頭にかぶって、烏帽子にしているんだ」という、そういう傲慢な思い込みとなり、その偏見からこういう教科書がつくられています。もちろんそれは歴史の真実と異なるものです。法隆寺の例は結局、「日本人が国宝なんだと言って誇りにしているあの寺の壁画は実は高句麗人が描いたんだ。あいつらにはそんな立派なものを作る能力は無いのさ」ということで、つまり、これこそ本当の歴史歪曲なのです。
 
政争の具にされた教科書問題

 少し前、新大久保駅で韓国人の青年の勇気ある行動がありましたね。私はもちろんあの行為は賞賛しますし、彼は立派な人間だと思います。ただ問題は、その彼の英雄的行為を報じる韓国のマスコミの中に、野蛮で非道徳的な日本人に彼が身をもって道徳を教えてやったのだというような論調があったことです。また、逆にそういう日本人のためにどうして死ぬ必要があったのか、もったいないというような論調があったのを、久米さん、あなたは気がついていますか?これは韓国の新聞が読めなくても(私も読めませんが)、ちょっと向こうのニュースに注意していれば気がつく反応です。もちろんあの勇気ある青年と同時に日本人の青年も同じことをしているのですが、彼らは決してそれを同等に評価しようとはしません。なぜならば、日本人というのは彼らから見れば文化的に「劣等」な民族であって、道徳的にも文化的にも、韓国の亜流にすぎないのですから。

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