青山繁晴「ニュースの見方」田母神さんとの広島講演で語ったこと
2011.08.20 Saturday 01:50
くっくり
中西一清
「さ、水曜日です。独立総合研究所の青山繁晴さんです。青山さん、おはようございます」
青山繁晴
「おはようございます」
中西一清
「さ、今日は何でしょうか」
青山繁晴
「はい。中西さん、私たちは1945年8月15日の敗戦から、66年目の夏を迎えました」
中西一清
「そうですね」
青山繁晴
「はい。で、その夏も、やがて行こうとしてるんですけれども、この中西さんの番組で、ま、僕を含めて、語る人、それからお聴きになっておられるリスナーの方々、多くはもうその、敗戦の日を知らない世代になってるわけですけれども、そういう世代の区分けとか、国民を分けることと関係なく、本当は今年は、大事な節目の年だったと思います。敗戦から復興、それから経済大国を経て、そして今の東日本大震災と、福島原子力災害に至った、夏だったからこそ、新しい議論が、新しい希望に向けた議論が盛り上がる年の、はずだったと思うんですけれども、ま、僕の見方だけかもしれませんけど、議論はあまり、盛り上がらなかったような気がしております」
中西一清
「ですね、ええ」
青山繁晴
「はい。で、そうした中、8月6日の、広島原爆投下の日に、えー、広島の当地で講演をいたしました」
中西一清
「はい」
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青山繁晴
「で、この講演ていうのは、その、もともと3年前に、航空幕僚長だった、田母神さんですね、えー、田母神元航空幕僚長が、3年前に講演をなさって、えー、田母神さんの持論として、日本は核武装すべきであると、いう講演をなさって、大変大きな論議を呼んだ、のが最初なんですね」
中西一清
「はい」
青山繁晴
「で、僕自身は、自衛隊を国軍、国民軍とすべきであり、その新しい国軍、国民軍は、核武装を選ばないという主張を、長年しております。従って、主催者の側からオファーがあった時に、僕は核武装に反対ですがいいんですか?と、聞きますと、いや、それだからこそ来てほしいんですと、いうふうに、何度もお答えになりました。ま、僕はそれを、フェアな志だと判断して、ま、余計なことですけど、テレビ番組への参加なども全て断って、広島に行きました」
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