2006.07.22 Saturday 03:22
くっくり
戦前の靖国神社は、国民が戦死者をとむらう宗教施設ではなかった。天皇が、天皇のために戦死した軍人たちの栄誉をたたえる顕彰施設だった。戦死者の遺族は「息子が天子様のお役に立てた」という論理で悲しみを癒やされる建前だった。だから天皇による親拝は靖国神社の本質だったのである。
戦後、宗教法人になり、皇室から独立した。だが、天皇によって遺族が癒やされるという戦前の伝統は、天皇の私的参拝という形で続いていた。それが絶たれた原因は、A級戦犯合祀という神社側の選択にある。
もちろん、宗教法人となった靖国神社が、天皇と歴史観、戦争観が違っていても自由である。メモにしても天皇個人の気持ちにすぎない。小泉純一郎首相のように「それぞれの心の問題」と考えるのも自由だろう。
だが、そうだとしても戦没者に感謝と哀悼の誠をささげるための施設として議論の余地がないなら、なぜ内外で大きな論議を呼ぶのだろうか。その最大の原因は、A級戦犯合祀にある。その事実を冷静に考えるならば、いまの状態で首相が靖国神社に参拝するのは、やはり適切ではない。
直截(ちょくせつ)的な表現に、驚いた人も多いのではないか。
昭和天皇が、「A級戦犯」の靖国神社合祀(ごうし)をめぐって、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と語っていた。宮内庁長官だった富田朝彦氏の手帳の1988年4月28日付メモに記されてあった。
極東国際軍事裁判(東京裁判)で「A級戦犯」に問われた東条英機元首相ら14人が、78年10月、「昭和殉難者」として靖国神社に合祀された。
昭和天皇は、戦後8回にわたり靖国神社を参拝されたが、75年11月の参拝が最後となった。今の陛下も、即位後は参拝されていない。
一方、三木首相による75年の靖国神社参拝を契機に、公人としての参拝か私人としてかが、政治問題化した。
昭和天皇が参拝されない理由は「A級戦犯合祀」なのか、「公人・私人」の政治問題を避けるためなのか。二説があったが、憶測の域を出なかった。メモの発見により、一つの区切りがついた。
富田メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」とある。松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使を指したものだろう。2人は、日独伊三国同盟の締結を推進し、そのことが日米開戦の大きな要因ともなった。
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