【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)

2011.07.11 Monday 19:42
くっくり



 しかしながら、最悪の事態になって大量の放射性物質が放出され、集団脱出が起きたとしても、世界のほかの地域で起きる状態と比べると、混乱は少ないと思う。もう一度言うが、この数日、日本はその特異性を見せてくれた。わたしはこの国に住んでいることを誇りに思う。

■英紙「デイリー・メール」3月19日付【非常に宿命的な民族(A Very Fatalistic Race)】イアン・ブルマ
 著名なオランダ人とイギリス人のハーフの日本研究家で、日本でも教育を受けたことがあるイアン・ブルマの寄稿コラム

 国民性に関する理論は最大の慎重さをもって取り上げる必要がある。人間の行動というのは気候や自然環境のようなもので、特定するにはあまりにも突飛なものである。とはいえ、火山が多いところに住んでいる人は、サマーセットの丘陵やババリアの緑の草原に住んでいる人たちとはいささか異なる人生観を持っていると思ってもおかしくない。(中略)

 命がいつか消えるということはすべての人間がわかっていることだが、我々の都市が人間の命と同じくらい儚いとは思っていない。ヨーロッパ人のなかには、自分たちが作るもののなかには永久に存続するものがあるという幻想を抱く人がいるし、だから我々は大聖堂を建設し、アメリカ人は同じような考え方でシカゴやマンハッタンを作ったのである。

 日本人はそういう幻想を持ったことがない。先週起きた大災害が証明したように、日本人がそういう幻想を持つ余裕はない。日本のほとんどの部分が、地震や津波で一瞬にして壊滅してしまう可能性があるからだ。(中略)

 自然の気まぐれな恐怖が、仏教の宿命論を日本人に適したものにするのに手を貸したのかもしれない。地震や津波を止めるためにできることは何もない。差し迫った破壊を、人生にとって不可避の特徴として受け入れたほうがいい。(中略)

 その例(日本人の集団的責任の例)が、アメリカの報道でも見られた「フクシマ50」だ。事故が起きた福島原発に残ってカタストロフィを防ごうとがんばった勇敢な作業員のことだ。彼らはほとんど致命的な量の放射線を浴びている。

 この集団的責任はイニシアティブではなく、排他的な派閥意識を特徴としているが、アメリカの徹底した個人主義は、日本人には子供じみた幻想と見なされている。(中略)

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